「場所はどこなの?」 「クリシュナ・ゲストハウス」 「ああ、あの?」 「そう、シバとかいうふざけた名前のインド人がいるところだよ」 「で、どれだけって言ったの?」 「二グラム」 「信用できる奴?」 「ああ、プシュカルではみんなあいつから買うらしい。それかイスラエリーだね、でも、イスラエリーはカミとかバツばっかりだし、奴らからは買えないでしょ」 「インド人か...
続きを読む "ブラウンシュガー" »
「智はこれからどうするの?」 「え、ああ、飯食いにいくよ」 「ハハハ、違うよ、この町の後だよ、旅の話」 「ああ、そうか、そうだね、ジャイサルメールに行こうと思う。ラジャスターンの町をいくつか回って、それからデリーへ行くつもり」 「俺らもこれからデリーに向かうつもりだよ、その後マナリーに行く。もうすぐシーズンだしね。まあ、まだ当分ここにいるだろうけど」 欠伸...
続きを読む "マナリー" »
結局そのまま何をすることもなく時間は経った。すっかり夜も更けて、裸電球の明かりだけが侘びしく灯っている。 「直規君、そろそろ時間だよ」 「ああ」 直規は、寝転んだ姿勢のまま面倒臭そうに返事をした。 「ところでそいつ、幾らって言ってた?」 「確か千ルピーだって……」 「グラム?」 「ああ」 「値切ってみた?」 「一応ね」 「一応ってどういうことだよ、二グラ...
続きを読む "スカンク" »
「直規君、そろそろ行かないと……」 心路は、俯いている直規に向かってそう言った。ようやく直規は、落ち着いたという風にゆっくりと顔を上げた。 「そうだな、行こうか、行かなきゃな……。しかしキマッたな、これは……」 下を向いたまま智は動かない。 「おい、智、大丈夫か? サトシ?」 智の肩を揺すりながら直規はそう言った。 「あ、ああ、そうだよ、行かなくちゃ、...
続きを読む "月光" »
月が、三人の頭上でひっそりと輝いている。智は、ぼんやりとそれを眺めた。 月は揺れているようだった。微妙に振動して光の波動を発しているのだ、と智は何となく思った。そしてその銀色の波動を自分は今全身に浴びている、と想像すると、今ここでこうして歩いているだけのことが凄く素晴らしいことのように思えてきて、自然と幸せな明るい気分になるのだった。そして全く異国の土地...
続きを読む "クリシュナゲストハウス" »
少し坂になったその道をちょっと行くと右手に低い門と柵があって、そこにアルファベットで「クリシュナ・ゲストハウス」と書かれている。門の内側には小さな庭があり、L字型になった二階建ての建物は明るいベージュ色に塗られていて、見た感じは小ざっぱりとして、悪くはなかった。正面にいくつか見られる緑色の木の扉には番号が記されており、そこが宿泊用の部屋だということを表して...
続きを読む "シバ" »
シバと呼ばれるその男は、小柄で、年はタンクトップよりも若そうな感じなのだがどこか落ち着いた雰囲気を醸し出している。切れ長の目が静かに光っており、その瞳は常に遠くを見ているようだった。恐らくハイ・カーストの人間なのだろう。着ているものも小綺麗で、さっぱりとしている。 インドという国は、カースト制という名の階級制度が非常に細かく厳格に設定されており、ハイ・カ...
続きを読む "ハイ・カースト" »
「落ち着きなよ、マイフレンド、これは本当に上物なんだ、三グラムにしたって何が変わっていうんだ? 千ルピーぐらい、君達にとってはどうってことない額じゃないか。絶対に買っとくべきだよ」 直規は、無言でタンクトップを一瞥すると、溜め息まじりに心路に言った。 「心路、どうするよ? 三グラムだってよ。話がややこしくなってる。長くかかりそうだぜ」 少し考えてから心路...
続きを読む "スペシャルプライス" »
直規は、しばらくの間、ムズムズする鼻を啜ったり少し指で擦ったりしながら効き目が表れるのを待った。その間に心路は、直規からカードを受け取ると粉をすくって同じように鼻から吸引した。そして鼻を擦りながら、シバに向かって、やる? という風にカードを差し出した。 シバは、目を閉じゆっくりと首を振りながら、いいや、私はやらない、と胸の前で両手を広げた、と、その途端、...
続きを読む "カード" »
「智、金持ってないか? 心路のせいで六百足んないんだよ。持ってたら貸してくれよ、きっと明日返すからさ、明日銀行に行けばすぐ返せるんだ」 「ごめん、直規、俺も三百ルピーぐらいしか持ってないんだ……」 智は、そう言いながら、自分の方へ向けられた直規の目に全身の毛が逆立つような思いがした。それは明らかにいつもの直規の目ではなかった。黒々と見開かれた瞳には、何かに...
続きを読む "ドルキャッシュ" »
直規は興奮してそう言うと、智はそれを制すように言った。 「俺も買うよ」 少し呆然として直規は智を見返した。 「智、マジかよ、無理しなくていいんだぜ、金なら明日返すから無理に買わなくたって今、貸しといてくれれば」 「いや、違うんだ、何となく興味が湧いて来たんだ。そしたらふとドルキャッシュ持ってること思い出してさ。だから気にしなくていいんだ」 「そうか、助か...
続きを読む "商談成立" »
三人は、ゆっくりと夜のプシュカルの町を歩いている。ヒンドゥー教にとって聖なるこの町は、やはりそれなりの聖地の匂いのようなものを放っている。霊的な雰囲気を醸しだしている。それは例えばサドゥーと呼ばれる髪も髭も伸ばし放題の修行僧が町のあちこちに見受けられるからなのかも知れないし、直規達が泊まっているゲストハウスの近くにある湖に面した沐浴場で、朝日や夕日に向かっ...
続きを読む "プシュカル" »
部屋に帰ると、智は、ベッドに腰掛けて紙包みを広げた。そこには確かに茶色い粉が包みこまれていた。先程の直規と心路の様子を思い出す。反吐を吐きながらも恍惚とした表情で快感に溺れている二人。一体彼らは、空ろな目で何を見ていたんだろう。どんな世界をふらつきながら歩いていたのか。ちょっと想像がつかなかった。 ゾクゾクするような感覚を智は全身に感じていた。とても恐ろ...
続きを読む "パーツ" »
砂漠地帯の朝は眩しく乾燥している。日中の倒れるぐらいの日差しと暑さはまだ息をひそめており、真っ青な濃い空と眩しい光だけが町を覆っている。土地の人々は、そんな気候をよく知っていて、清々しい朝を最高の気分で迎えられるように町を造っている。建物を立てている。 智の泊まっているゲストハウスは、二階建てで小さな中庭のある小じんまりとした建物だった。土壁のような物で...
続きを読む "覚醒" »
「で、どうだったの?」 「いや、何か、思ってたのと違ったよ。もっと凄いの想像してたから……。昨晩の直規達の様子も見てたし……」 直規は、微笑みながら煙草に火をつけた。そして眠そうに欠伸をひとつすると、智の方へ体を向けた。 「俺も帰ってからかなり大変だったけど、心路なんか朝までずっと吐いてたよ。宿の奴が、心配して見に来たぐらい」 「みんな最初はそうなるもんな...
続きを読む "耐性" »
「ちょっと俺、町見て回りたいし、買い物とかもしたいし……。それに今朝やったばっかりだし……」 「そんなのいいじゃんか、昨日の晩さんざん歩いたろ? 買い物だって明日すればいいよ」 そう言うと直規は、紙包みを広げて鏡の上で粉を刻み始めた。そうして手早くラインを二本作ると、智の方に差し出した。もう断り切れそうにもないので、智は仕方なくそれを受け取った。直規は、ル...
続きを読む "トランスミュージック" »
だんだんと体が重くなる。肩や腰が、ずん、と下に落ちるように力が抜けていくのが分かる。直規は、どこを見るともなく、ぼんやりと宙を見つめている。薄目を開いて笑みを浮かべている。しかし、ああ、と快楽の溜め息を一息ついた途端、急に表情が曇りだし、智に、吐いてくる、と一言言い残してトイレに駆け込んだ。トイレから、苦しそうな呻き声と共に吐瀉物の水に落ちる断続的な音があ...
続きを読む "錯綜" »
「俺だけ仲間外れ? ずるいな、二人とも」 「お前もやればいいだろ?」 「でも直規君、俺が帰ってきたら飯喰いに行くって言ったろ? どうするの? そんなにキマッちゃってたら無理じゃんか」 「もういいよ、飯は。それより心路、水買ってきた、水?」 心路は、半ば呆れ気味に買い物袋からミネラルウォーターのペットボトルを二本取り出した。それらは二本とも冷たく凍っていた。...
続きを読む "百ドル札" »
心路は、鏡の上に散らばった粉を指で集めて歯茎に塗り付けると、少し渋い表情で口の中を舐め回し、おもむろに智に向かって口を開いた。 「そういえば智、ブラウンやったんだ。初めてだよね? ここで直規君と二人でやったの?」 「いや、ここに来る前に朝、自分の部屋でやったんだ、何だか我慢できなくって」 「起きてすぐ? ハハハ、凄ぇな、気持ち悪くならなかった?」 「ああ、...
続きを読む "アシッド" »
「出たよ、智の神様トーク」 直規は、薄ら笑いを浮かべながらそう言った。心路は、横目で直規を流し見ながら智に言った。 「凄い話だよなぁ、相当バッド入ってたんだろうな。でも、そうなるっていうのは何となく分かるような気もするよ。そういう感覚っていうのは気付かないだけで、きっといつもどこかに隠されてるんだろうな」 「本当に分かってんのかよ」 直規が、ぼそっと吐き...
続きを読む "バッド" »
「ああ、いい匂い、キマッてる時いいよね、お香って。リラックスできる」 「やっぱ大事でしょ、こういうのって」 そう言って横になろうとした途端、心路は、ああ、ちょっと待って、マズイ、俺ちょっと吐いてくるわ、と言いいながら慌ててトイレに駆け込んだ。 扉の無いトイレの向こうで、心路が苦しそうに吐いているその様子がはっきりとイメージされる。呻き声や、唾を吐く音、鼻...
続きを読む "やっぱ凄ぇよこれ" »
部屋の中は、蒸し暑く、しいんと静まり返っている。気まずい沈黙がしばらく続いた。 凍ったペットボトルの表面の水滴が、ゆっくりとプラスチックの曲面をなぞりながら垂れていく。灰色のコンクリートの床に染みを作っていく。湿った黒い染みは、徐々に大きくなっていく。 「直規……」 智がそう言いかけると、それを制するように直規は言った。 「いいからお前、もう帰れよ」 「直...
続きを読む "粘ついた汗" »
翌朝、急に谷部と君子はデリーを発った。別れ際に谷部は、例のイタリアン・チラムを智に手渡した。智に譲ったのだ。智が遠慮して断っても、いいから、やるよ、の一点張りで、智は、大人しくそれを貰っておくしか選択肢がなかった。もちろん、前からそれを欲しがっていた建は谷部に猛抗議したが、谷部は、いいだろ、建はさんざんチラム使ってきたんだから、と、良く分からない理由で全く取...
続きを読む "ありもしない壁" »
暗闇の中で智は目を覚ました。辺りは既に暗く静まり返っていた。今日一日の面影が、汚れた自分の顔や散らかった部屋のあちこちに残されている。ぼやけた頭に直規とのことが思い出され、目を覚ましてしまったことがとても恨めしく思われた。できることなら、ずっと眠ったままでいたかった。嘘であって欲しかった。とても嫌な感じが胸の辺りでもやもやしている。 智は、直規が怒り始めた...
続きを読む "自分を変えたくて出た旅" »
ブラウンシュガーが効き始めてきたとき寝転んで、床が固いものだからそれが邪魔になって外したように思われる。はっきりと覚えている訳ではないのだがきっとそうだ。そんな気がする。 うんざりしてきた。貴重品入れの中には、パスポートも旅行費用も、ほぼ全額入っている。探さない訳にはいかないし、無くしたというだけでも大問題だ。更に落ち込んでいく精神を止める手だてを智は知ら...
続きを読む "どっちつかずの曖昧" »
――― これから直規の部屋に行って、また同じような目に合ったら自分はどうなってしまうだろう。どうにかなってしまわないだろうか。いっそのことこのまま消えてしまえたら、どんなに楽なことだろう。そんな恐ろしいことのために、わざわざ自分から出向いて行かねばならない。何てエネルギーのいることなんだろう。人生とはそんなことの連続のような気がする ――― 智の妄...
続きを読む "妄想" »
直規達に対して抱いていた不安は徐々に憎しみへと変わっていった。そして一旦相手を憎み始めたら、心のどこかが少し楽になったような気がした……。 だんだんと直規の部屋に近づいていく。気持ちとは裏腹に智の両足は、機械的に歩を刻み、二人のいる部屋へと近づいていく。池の果ての暗闇に灯りが点っている。開け放たれた窓から生活の光が洩れている。心臓の鼓動が高まる。喉が...
続きを読む "腰巻き" »
しどろもどろになりながら、やっとそれだけのことを智は言った。 「そうだったのか、いたんだ、ハハ、分かんなかったよ……。でも何せ、ごめんな、智……」 少し照れ臭そうに直規はそう言った。 「いや、直規、俺の方こそ何か、いい加減なこと調子に乗ってべらべら喋っちまって……。多分それで怒ったのかなって……。悪かったよ……」 智が言った。 「いや、智は謝らなくてい...
続きを読む "死に神の誘惑" »
ある種、悟りを開いたような気分で直規と心路を見下したような所が胸の内にあった智は、恥ずかしくて二人の顔を直視することができなかった。きっと心路も、直規ほど論理的ではないにしろ、感覚的に分かっているのだろう。智はそんな気がした。そして改めて自分の未熟さを恥じた。穴があったら入りたいとはこのことだった。 「いや、いいんだよ、直規、もう謝らないでくれ。心路も、俺、...
続きを読む "二人の旅人" »
朝日がジリジリと照りつけている。乾燥した空気は、青空とその周りの景色をくっきりと浮かび上がらせ眩しいぐらいだ。智は、宿の方へ向かってとぼとぼと歩き始めた。朝を迎えて町は慌ただしく動き始めている。掃除をする人達や、いそいそと行き交う人達、店のシャッターを開ける人達などが、朝日を浴びて輝いている。 それらの光景を目を細めて眺めながら智はひとつ欠伸をすると、通り...
続きを読む "サドゥー" »
「ジャパニ?」 サドゥーは言った。目の前に立つサドゥーを見上げて、智は、ああ、そうだよ、ジャパンから来たんだ、と面倒臭そうに、そう答えた。 「座ってもいいか?」 智は無言で頷いた。サドゥーは、智の横に腰を下ろすと、おもむろに智の顔を覗き込んだ。サモサを食べていた智は、一旦それを皿の上に置いて横目でサドゥーを見た。皿にはサモサが二つ乗っている。サドゥーは、...
続きを読む "サモサ" »
サドゥーの所にチャイが運ばれて来ると、彼は、子供のように喜んで智に、サンキュー、と礼を言った。智は、サドゥーのその様子を見ていると怒る気が失せてしまって、力の抜けた笑いを口元からこぼすだけだった。 「全く……」 サドゥーは、チャイの甘味を嘗めるようにゆっくりと味わうと、智に向かって唐突にこう尋ねた。 「お前はシバ神を知っているか?」 いきなりのその質問に...
続きを読む "神の物" »
智は、再び深い溜め息をついた。そんな話を真剣に聞く気などはなからなかった。 「ああ、そうなのかもな」 議論をする気もなく智は聞き流していた。 「だから神はお前と共にいるのだ。神は、お前の胸の中に住んでいるのだ」 サドゥーは、そう言って智の胸をトントン、と突つきながら子供っぽい笑みを浮かべた。智は、訝し気な表情でその様子を眺めた。 「あのね、ババジ、俺もう...
続きを読む "得心のいくまで" »
旅をし始めた当初から、智にとってこの旅はまるで刑罰のようなものだった。世界各国の安宿のこの部屋は、孤独な牢獄に他ならない。智はそれらに捕われた囚人だった。常に不安や焦りを感じつつ、不快な気候の中を黙々と重い荷物を背負って宿を探し、道に迷い、飯屋を求めてくたくたになる。愉快なことなど何もない。日本が恋しい。日本語や、日本の風景や、自分の育った町、全てが輝きと...
続きを読む "車窓から眺める移りゆく景色" »
しばらくしてバスが止まりふと目を覚ますと、智の乗ったバスは、もう町中に入り込んでいた。それらしい風景がだんだんと広がってくる。大分疲れが溜まっていたのだろう、すっかり熟睡していたようだ。 バスは、そろそろと町を抜けバスステーションに到着した。すると突然、バスの窓を激しく叩く音が智の耳元で沸き起こった。見てみると、ホテルのネームカードを窓ガラスに押し付け、ジ...
続きを読む "客引き" »
部屋に入りベッドに座り込んで、目を閉じた。静かな暗い部屋に町の喧噪が遠くから聞こえてくる。先程のインド人達の顔が次々と智の脳裏に甦っていく。いやに力の籠ったギラギラしたあの目付き、動物的な精力に溢れた顔付き、いかにも幼稚で野蛮なあの態度、それらの映像が言い様のない精神的な疲労を智にもたらした。 柵のはまった小さな窓から、薄らと夕陽が差し込んでくる。赤い夕陽...
続きを読む "砂漠の蠅" »
智は、宿のうるさくつきまとうインド人達を尻目に、ぶらっと外へ出かけた。辺りは相変わらずの土色の風景だ。プシュカルとは趣が少し異なるが、バスの中から眺め続けてきた連続する土漠の色彩が頭の中に焼き付いて、眼前の同系色の風景が智にとって初めて見る物だとはとても思えなかった。ただ、空は綺麗に晴れており、夕陽が淡く辺りを染めているのを見ていると、少しだけ開放的な気分に...
続きを読む "壁の中の小都市" »
中央に聳える城に智が近づいた時、もう既に門は閉ざされており人々の影もまばらだった。城はこの町の観光スポットの一つになっているらしく、観光を終えた旅行者達が、カメラやパンフレットを手にそれぞれ会話しながら坂道を下りてくる。先程の一件で神経の過敏になっていた智は、擦れ違い様に彼ら一人一人の視線を敏感に感じ、顔を伏せて歩いた。そうしていると智は、急に突発的な息苦し...
続きを読む "太陽の炎" »
智は、その女の美しさに心を奪われていた。胸がどきどきしていた。彼女には、普通の女には無い、何か特別な魅力が秘められているように感じられた。智が今まで出会ったことのないタイプの人間だった。 「本当に綺麗ね、この夕陽。綺麗っていうか、圧倒的よね、こんなにも太陽が大きいと」 その女は、沈んでいく太陽に再び目をやった。太陽は、既に半分以上、地平線の向こうに隠れてい...
続きを読む "くさみ" »
「御飯は、下、で食べましょう。この中は暗いし、私、あんまり好きじゃないの……」 表情を曇らせながら女はそう言った。 「そうだよね、俺もそう思った。この中はあんまり好きじゃない。でもそれならどうしてこの中に泊まることにしたの?」 「それがね、ここに着いてバスを下りた途端、インド人の客引き達に取り囲まれて、必死になってそれを断ってたら、腕とかバックパックだとか...
続きを読む "城壁の中" »
「髪が今、中途半端な長さだからとても気になるの」 髪を掻き上げながらその沈黙を破るように理見がそう言った。 「伸ばしてるの?」 理実のその様子を眺めながら智が尋ねる。 「まあ、ね。伸ばしてるって言えば伸ばしてることになるんだけど、あんまり気にしてないわ。実は、私、ちょっと前までスキンヘッドだったの。だから、ほったらかしって感じ」 理見は、少し照れながら...
続きを読む "スキンヘッド" »
「ふうん、そうなんだ」 理見は、運ばれてきたカリフラワーとじゃがいものカレーをスプーンですくいながらそう言った。 「どう? インドは好き?」 そう聞かれて智は、少し迷ってからこう答えた。 「そうだね、好きかな、今となっては。でも色んな人がインドの話をするとき、決まって人生が変わるだの、凄い国だ、だの言うでしょう? 俺はそんなのが嫌で、始めの内は変な反発心...
続きを読む "反発心" »