カレン族の神話と悲劇

あるカレン族の神話

あるカレン族の神話は次のように語っています。

その昔、神によって、それぞれ異なる民族が創られたとき、我々は皆兄弟だった。
カレン族はその中でも最年長者にあたり、尊敬を集めていた。

あるとき各民族は神から書物を授かった。
我々はそれをあろうことかなくしてしまった。
我々の貧しい暮らしはそのせいである。

しかし、いつの日か海を越え若い白い兄弟が我々に書物をもたらしてくれるだろう

Paul Lewis and Elaine Lewis『Peoples of the Golden Triangle』

19世紀初頭、聖書を携えた白人宣教師がカレン族の土地に現れました。

ビルマ族の圧制に苦しんでいたカレン族は、「海を越えて若い白い兄弟が書物を持ち帰る」という神話が現実になり、圧制から解放される時が来たと考えました。

この神話を信じたカレン族は他の民族と比べて抵抗なくキリスト教を受け入れました。

宣教師の教育を受けた者の中からはイギリスへ留学する者も現れ、英語やイギリス式の教養を身につけたカレン族は、英領ビルマの官僚、軍人、警察官として重用されました。

しかし、この優遇が後々まで続く悲劇を生みます。

1770年頃に作成されたインド、東南アジア、東インド諸島の地図
リゴベール・ボンヌによる1770年頃のインド、東南アジア、東インド諸島の地図 – Wikipedia

イギリスの間接統治が産んだもの

植民地国家の運営に関して長い歴史を持つイギリスは、不満の矛先が宗主国やイギリス人に向かわないような統治システムを作り上げます。

他民族同士を互いに反目させ団結しないようにし、両者を争わせて力を弱めさせたりして統治支配をやりやすくするのです。

例えば、英領ビルマ軍や警察隊には、多数派のビルマ族よりも、カレン族、カチン族、チン族など少数民族が積極的に採用されました。

反英デモなどの運動に対してカレン族の警察隊にビルマ族を取り締まらせたり、治安維持にあたらせたりしました。

ビルマ族の目から見れば、カレン族は植民地支配の手先に映ったことでしょう。

こうして民族間の憎しみは蓄積され、臨界点に達した時爆発します。

朝日に染まるポー・カレン族の村
朝日に染まるポー・カレン族の村

対立するビルマ族とカレン族

第二次世界大戦中、日本は植民地であった英領ビルマをイギリスから解放するため、ビルマ族のアウンサン(アウンサンスーチーの父親)率いるビルマ独立義勇軍に物資を与え軍事訓練を施します。

そして武器を取った彼らは、日本軍と共にイギリス軍を攻撃します。

イギリス軍には少数民族優遇政策によりカレン族が多く配置されているので、両民族の戦闘は避けられませんでした。

イギリスへの忠誠を守ったカレン族とビルマ独立義勇軍は、各地で激しい衝突を繰り返しました。

ビルマ独立義勇軍は、「カレン族はイギリスのスパイである」とみなし、罪もないカレン族の村が襲われ、殺戮、略奪、暴行が行われ、多くの住民が犠牲になりました。

こうして両者の対立感情は増大し、修復できないものとなりました。

登校するポー・カレン族の子供たち
登校するポー・カレン族の子供たち

イギリスの再占領、念願の独立

1942年、ビルマ独立義勇軍とともにイギリス軍を駆逐した日本軍は、ビルマ全土に軍政を布きました。

ビルマ族とカレン族の大規模な衝突は次第に収まっていきましたが、憎しみの火種は両民族の心の中でくすぶり続けました。

1945年、日本軍が敗退すると、イギリス軍は再びビルマを占領します。

独立運動が各地で続けられ、このときカレン族はビルマからの分離・独立を求めます。

1948年、イギリスがビルマから撤退。
ビルマは念願の独立を果たします。

独立から停戦、そして再び戦火へ

カレン族の独立国家は新政府に認められず、カレン民族運動の指導者たちは次々に投獄され、再び不穏な空気が広がります。

抑えつけられたカレン族はついに武装蜂起します。

かつての植民地で軍や警察隊に多く所属し、武器の扱いや戦いに長けていたカレン族は、各地で政府軍を圧倒します。

カレン側の部隊はマンダレー、タウングーなど主要都市を次々と占領し、一時は首都ラングーン郊外のインセインまで迫りました。

しかし、1949年5月にインセインから撤退すると、戦線は次第に地方や山岳地帯へ移っていきました。

1962年、ネ・ウィンがクーデターによって権力を掌握すると、国軍は反政府勢力への攻勢をさらに強めました。

翌1963年からは、反政府勢力への食料、資金、情報、兵員を断つ「四断作戦」が始められました。

カレン族の村落は反乱対策として強制移住させられ、移住を拒んだ者には死が待っていました。

これにより多くの住民が難民となり、何万人ものカレン族が隣国タイへ流れ込みました。

次第にカレン族の主力部隊は追いやられ、タイ国境に近い山岳地帯を拠点として政府軍との戦闘を続けました。

2015年、カレン民族同盟は全国停戦合意に署名し、長く続いた戦闘は終わりに向かうかに見えました。

2021年、国軍がクーデターによって政権を奪取すると、カレン民族同盟と国軍との戦闘が再び激化し、現在も続いています。

参考文献

Paul Lewis and Elaine Lewis『Peoples of the Golden Triangle』
Martin Smith『Burma: Insurgency and the Politics of Ethnicity』
『ビルマの大いなる幻影―解放を求めるカレン族とスーチー民主化のゆくえ』
加藤博『地図にない国からの報告』
『戦うカレン民族』
Karen National Union「Background of Karen National Union」
Karen National Union「Statement of the 17th KNU Congress」

初掲:2004年
改訂:2020年5月
追加改訂:2026年9月

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