カレン族の不思議なルーツ

カレン族はどこから来たのか

カレン族はミャンマー側に約400万人、タイ側に約35万人が住むと言われています。
どちらも少数民族としては最大規模で、他の少数民族から抜きん出ています。
しかしそのルーツはあまりよくわかっていないのです。

タイに居住する少数民族のほとんどは、現在の中国南部地域にルーツを持っています。

中国ではモン族は苗族(ミャオ)、ヤオ族は瑶族(ヨウ)、アカ族は哈尼族(ハニ)と呼ばれ、雲南省や貴州省に広く住んでいます。
タイ人(傣族)もそのひとつです。

しかし、中国にはカレン族と同系の民族は現在のところ見つかっていません。

タイ・チェンマイ、象の体を洗うカレン族の象使い
タイ・チェンマイ、象の体を洗うカレン族の象使い

言葉と植物名からたどるカレン族の祖地

カレン諸語はシナ・チベット語族の一群です。
同語族の多くの言語が主語・目的語・動詞の語順を取るのに対し、カレン諸語では主語・動詞・目的語を基本とする点に特徴があります。

2024年、慶應義塾大学言語文化研究所の加藤昌彦教授は、植物の名前とカレン諸語の分布から、カレン族の祖地を探る研究を発表しました。

祖先の暮らしていた土地に昔からあった植物の名前は、子孫の言葉にも共通して残ります。
一方、移動した先で初めて知った植物は、その土地の人々の言葉から名前を借りることが多くなります。
つまり、古くから受け継がれた植物名と、後から借りた植物名を見分けると、祖先がどのような気候の土地で暮らしていたのかが見えてくるのです。

カレン諸語では、竹、ガジュマル、籐、バナナ、マンゴー、タマリンドの名称が共通の祖語にさかのぼれる一方、熱帯を代表するココヤシやオウギヤシの名称は、周辺の言語から借りた言葉でした。

さらに、同じ祖先から分かれた言語は、一つの地域に長く暮らすほど枝分かれする時間があり、その土地に多くの種類が残ります。
言葉の系統樹も、木の根元に近いほど枝分かれが多いのと似ています。

古い植物名からわかる気候と、カレン諸語が最も多く枝分かれしている地域を重ね合わせた結果、ミャンマー南部シャン州からカヤー州、カレン州北部にかけての一帯が、カレン諸語の祖地だった可能性が高いと推定されました。

モン族(Hmong)やヤオ族(Mien)が中国南部からタイやラオス方面へ大きく移動したのは、主に18世紀から19世紀以降です。
清朝期の戦乱や反乱後の弾圧、人口増加による耕地不足などに押され、山地で耕作できる新たな土地を求めて南下しました。

これに対し、カレン諸語はミャンマー東部ですでに多くの言語へ枝分かれしています。
カレン諸語を話す人々は、モン族やヤオ族よりも早い時期にこの地域へ到達し、長い時間をかけて広がった可能性があります。

1770年頃に作成されたインド、東南アジア、東インド諸島の地図
Rigobert Bonne’s c. 1770 map of India, Southeast Asia and the East Indies – Wikipedia

カレン族のある言い伝え

我々はかつてティビ・カビと呼ばれる場所に住んでいた。
そこから流砂の川を越えて、我々の先祖たちは三つの川(イラワジ川、サルウィン川、メコン川)の源に辿り着いた。
そこから先祖たちは三つに別れて三つの川を南下していった。
いつの日か我々は川の下流域で再会し、“王国”を建設するだろう

Paul Lewis, Elaine Lewis『Peoples of the Golden Triangle』

伝承や伝説は必ずしも史実をそのまま伝えているとは限りませんが、この伝承からは、カレン族の祖先が他の民族よりも西側の地域を通過しながら移動したという記憶を読み取ることができます。

ルーツは謎のまま

ミャンマーで民族運動を続けるカレン民族同盟(KNU)は、カレン族の祖先が南下の末、現在のミャンマーへ到達したと推測される紀元前739年をカレン暦元年としています。

ビルマ族やタイ族が王朝国家を築いたのに対し、カレン族は広い地域を統合する単一の王国や民族国家を形成しませんでした。

12世紀から13世紀のビルマ語碑文には、後のカレン系集団を指す可能性のある名称が見られます。
しかし、その名称が現在のどのカレン系集団を指すのかは確定していません。
また、現在の研究では、カレン族固有の王国の遺跡と確定できるものも確認されておらず、古い時代の足跡をたどれる史料は限られています。

一方、近年の言語学的研究から、ミャンマー南部シャン州からカヤー州、カレン州北部にかけての一帯が、カレン諸語の祖地だった可能性が示されました。
カレン族の祖先は比較的新しい時代に一度に移住してきたのではなく、この地域に長く暮らしながら、多くの集団と言語に分かれていったと考えられます。

伝承、言語、現在の分布から少しずつ手がかりが得られるようになりましたが、カレン族がいつ、どのような経路でこの地へたどり着いたのか、今なお多くの謎が残されています。

参考文献

加藤昌彦「Homeland of Karenic languages: From the perspective of plant names」(2024年)
Karen National Union(KNU)「Our History」

初掲:2004年7月
改訂:2020年5月
追加改訂:2026年9月

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