出発前夜

その頃、仕事は忙しかったが充実していた。
その仕事に何の不満もなかったわけではないが、
給料も人並みに貰え、生きがいとまではいかなくても、やりがいはあった。
お盆や正月には、10日ほどの休みもあり、その度にアジアへと出かけていった。
タイ、カンボジア、ベトナム、沖縄へも行った。
その短い旅は楽しいものだった。
しかし、短い旅はただ楽しいだけの思い出としかならなかった。
やがてそれだけでは物足りなくなってきた。
もっと長く旅に出たい。
そう思い始めたのは2年前だったと思う。

その後は、こつこつと資金を貯め、旅の準備を進めてきた。
周囲に旅に出ることを告げたのは1年ほど前からだった。
『1年かけてアジアを横断し、アフリカの喜望峰を目指します』
そう言うときまって、
『なんでそんなに長く旅をするんだ?』
と質問される。
その度に答えに困り、適当な答えを取り繕ってしまう。
自分自身いくらその答えを考えても、正確に旅の理由をみつけることはできなかった。
ただ一つ理由を挙げるとすれば、それは衝動である。
自分の内面から湧き上がる欲求だった。

初めて長い旅に出たのは、大学4年の時である。
それが初めての一人旅で、初めての海外だった。
全てが新鮮で驚きの連続だった。
半年間の旅で台湾、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、
ミャンマー、ネパール、インドをまわった。
その時も
『就職の前に、もう一度自分自身と向き合うために旅に出る』
などど適当なことを言っていたような気がする。
それはあくまで周囲を納得させる建前のつもりだったが、
あのときは大真面目に自分自身と向き合おうとしていたのかもしれない。
しかし旅を終えてわかったことは、
旅に出て、仮に自分自身と向き合えたとしても、
それだけで自分自身が変わるわけではないということだった。
人が変わるのはもっと多くの積み重ねが必要だと思う。
旅はそのきっかけにすぎない。

今回の旅も何かを求めることはしない。
またその必要もないと思っている。
旅の目的などなくていい。
ただ純粋に、自分の目で異国の人たちの生活を見て、
肌で空気に触れ、感じることができれば、それでいい。

旅をしたからといって、それが話のネタにはなっても、飯が食えるわけでもない。
まして、帰国してからの働き口に苦労するのは目に見えている。
これからの将来を考えれば、プラス面よりも、マイナス面が多いかもしれない。
しかしそれでも行きたいと思う。
だから衝動なのだ。

鉄郎の軌跡
鉄郎 初めての海外旅行は22歳の時。大学を休学し半年間アジアをまわった。その時以来、バックパックを背負う旅の虜になる。2002年5月から、1年かけてアフリカの喜望峰を目指す。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください