公然たる闇両替

バスがジンバブエの首都であるハラレに到着したのは、午後7時を過ぎていた。
辺りはすでに暗い。
そこから安宿までは歩けば20分くらいで行ける距離だった。
しかし、その区間をタクシーで行くことにした。
別に荷物が重いからではない。
バックパックが重いのはいつものことだ。
ハラレは治安が悪い。
アフリカのなかでも、南アフリカのヨハネスブルクは別格として、ケニアのナイロビと同じか、それ以上に悪いとされている。
だから、ハラレのバスターミナルからバックパックを背負って歩くことは、
『私はアメリカドルをたくさん持っている旅行者ですよ』
と宣伝して歩くようなものなのだ。
まして、日も暮れている。

私はタクシーを捕まえ、10分ほど走り、日本人宿に行ってみた。
そこでまず目に入ったのは、フロントの横に貼ってあった、日本大使館からの注意書きだった。
そこには、道を歩いていると後ろから石で殴られて現金を奪われたとか、数人に囲まれてナイフで脅されて現金を盗られたかとか、そういった犯罪が多発しているとのことだった。
月に2、3件はおきているらしい。
それも、真夜中に起きるのではなく、夕方4時頃など、わりと日のあるうちに犯罪に遭うらしい。
しかも場所はその宿の周辺が多い。
明らかに旅行者狙いの集団が存在すると思われる。
極め付けに、数年前にその宿に数名の強盗が押し入ったらしい。

犯罪が多いのはどこに行っても同じことなので、その宿に泊まろうとしたが、あいにく満室だったため、隣の安宿に泊まることにした。
隣の宿は、日本人宿に比べても清潔だったし、料金も変わらなかった。
しかもマネージャーが気さくな人で、居心地がよく、思いのほか長くそこにいることになってしまった。

次の日、まずは両替のために街を歩いてみた。
街の中心には高層ビルが建ちならんでいて、いかにも都会の街並みだ。
銀行も、もちろんある。
銀行には、長蛇の列ができていて、銀行から公道へと続いている。
まるで取り付け騒ぎのような様子であるが、そうではないらしい。
ジンバブエ人が銀行へ行く目的は、お金を下ろし、闇で両替することにある。
つまり自分の口座に何かしらのお金が入ったら、一刻も早くお金を下ろし、それを闇両替でアメリカドルかユーロにするのが目的である。
なんで、そんなややっこしいことをするか簡単に言うと、ジンバブエは超インフレのため、ジンバブエドルの価値がどんどん下がっている。
だからアメリカドルに両替をしようとするが、インフレで、公定レートが意味をもたなく
なっている。
そのため銀行ではアメリカドルを売ることができても、買うことができず、必然的に、闇両替でアメリカドルを買うことが、公然と行われるようになっているのだ。

だから、一般人は、銀行でお金を下ろした後、毎日価値の下がるジンバブエドルから、アメリカドルに両替するために、闇両替と走ることになる。
そうしないと、自分の持っているジンバブエドルが、一日ごとにその価値を失っていくことになるのだ。

とは言うものの、小さな買い物などは、やはりジンバブエドルで行うために、私のような旅行者は、ジンバブエドルを持たなくてはならない。
もちろん両替は銀行ではなく、闇で行う。
私は他の旅行者から聞いた時計屋を探した。
そこの主人が、わりといいレートで両替してくれるとことだった。
その時計屋はすぐに見つかったが、オーナーが不在で両替できなかった。
しかもオーナーは旅行に出掛けていて、1週間は帰らないとのことだった。

仕方なく私は他の両替屋を探した。
何も情報はなかったが、こういうときはお土産屋など、旅行者がよく集まるところに行くとなんとかなるものだ。
街の中心のなかに大きな公園があり、そこに露天の土産屋が出ている。
そこへ行ってみた。

そこには手作りの小さな彫刻や、お面、絵、アクセサリーなどのお土産屋がならんでいた。
それらをぶらっと冷やかしたあと、おばさんがやっているアクセサリー屋に目をつけた。
そこで、わりと気に入ったアクセサリーがあったので一つ買って、その後にこう切り出した。
『実は両替屋をさがしているんだ。
レートが良くて、安全な場所を知らないか』
そこのおばさんは、それならばいいところがあるといって、ある場所へ連れて行ってくれた。

5分ほどそのおばさんの後を歩き、商店街の一角の片隅の階段を上ったところに、その部屋はあった。
『ここなら、大丈夫』
そういうと、そのおばさんはとっとと、消えてしまった。

部屋のなかに入ると、数人の男たちの視線が一斉に私に注がれた。
中は薄暗い。
窓はあるが、黒いカーテンを閉め切って、その隙間から黄金色の光が線になって射し込んでいる。
白いタバコの煙が行き場を求めて漂っていた。
6人くらいの男たちが、タバコを吸ったり、新聞を読んだり、チェスをやったりしている。
そして正面の大きなテーブルの前に、スーツ姿の小柄の男が座っていた、どうやら彼がボスらしい。

私は、なにやら映画で見たマフィアのアジトみたいだなと思ったが、部屋まで入って引き返すわけにもいかず、
『両替をしたいんだ。
アメリカドルのキャッシュを持っている』
とボスに話しかけてみた。

ボスは、部下に一人に軽く合図を送ると、部下は電卓をもってきた。
その電卓を軽く叩いて、それを私の側に向けて見せてきた。
それには2200と書かれていた。
1ドル=2200ジンバブエ・ドルということだ。
そのレートは決して悪くはないと思われる。
しかしだめもとで、その電卓を叩き2500と打ってみた。
ボスは、話しにならないという表情をして、手を軽くゆすってあっちへ行けみたいなしぐさをした。
私はもう一度電卓を叩き、2400と打ってみた。
ボスは、
『いくら両替するんだ?』
ときいてきた。
私は30ドルしか両替するつもりはなく、そのことを伝えると、
『50ドル以上なら、2400でもいい。50ドル以下なら2300だ。
それがラストプライスだ』
正直、ここジンバブエの正確な相場はわからないが、悪いレートではない。
私はオーケーだと言った。
『30ドルたのむ』
私のその言葉で、部下の一人が金庫から札束を持ってきた。

私はその札束を受け取った。
両替の後は、必ず札の枚数を確認する。
両替の鉄則だし、それが闇であるならなおさらだ。
30USドルを1USドル=2300ジンバブエドルで両替すると、69000ジンバブエドル受け取ればいいことになる。
しかし現在500ジンバブエドルが最高紙幣ではあるが、それはまだ発行されて間がないのか、実際に流通している最高紙幣はまだ100ジンバブエドルである。
それはどういうことかというと、69000ジンバブエドルを受け取るということは、690枚の札を受け取るということになる。

まずそれらを数えるのに苦労した。
私は1枚1枚数えていると、
『ジンバブエで、札を数える奴なんかいない』
とボスが言っていた。
確かにそうだろう。
札束を何束あるか数えれば十分な気がする。
とはいうものの、私は数え始めてしまったので、なんとなく後にひけず、10分以上かけて、690枚を数えた。

そしてその後、それをどうやって持ち帰るかが、問題だった。
あいにく鞄も何ももっていない。
札の束を、マネーベルトに入るだけ入れて、残りはジーンズの前ポケットと後ろポケットと、さらにシャツの胸ポケットに押しこんだ。
100枚の札束が7つと、90枚の札束1つは、ようやく私の体に収まり、無事に両替は終わった。
たった30USドルの両替でこれなのだから、100USドル両替するには、何か入れ物がないと持って帰れないだろう。
そういえば、私の前に、年配の女性が両替していたが、あらかじめスポーツバッグを持参していて、その中に札束を放り込んでいたっけ。

ちなみに1週間のハラレ滞在中に、物価も上昇した。
いや正確にいうと、貨幣の価値が下がったので、それに合わせて物の値段を上げたというほうが正しい。
例えば1時間600ジンバブエドルだったインターネットは900ジンバブエドルになった。
よく飲んでいた喫茶店のカプチーノ、500ジンバブエドルが700に変わった。
レートも実際には両替していないが、1USドル=2400ジンバブエドルになったら
しい。

この国の貨幣価値はまだまだ下がり続けている。

鉄郎の軌跡
鉄郎 初めての海外旅行は22歳の時。大学を休学し半年間アジアをまわった。その時以来、バックパックを背負う旅の虜になる。2002年5月から、1年かけてアフリカの喜望峰を目指す。

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