ヨーグルトにあたる

いつかはそういう時がくるとは思っていたが、実際になってみると、一体なにが原因で、よりによってこんなところでなんて思ってしまう。
私はこの旅が始まった以来、大きく体調を崩した。
場所はエチオピアのゴンダールという場所だった。
スーダンは別に見たいものもなく、南部では内戦をやっていた。
おまけに日中は40度を越す暑さで、ひたすら水とジュースを飲んでやり過ごした。

ハルツームで2泊した私は、暑さから逃れるように、すぐにエチオピアに向かった。

バスを乗り継いで国境を通過し、最初の大きな街が、このゴンダールだ。

村と呼べるほど小さくはないが、いかにも地方の街という感じでこじんまりしている。
とはいえ、銀行もあるし、そこそこの宿もあるので、一息つくにはいいかもしれない。
世界遺産にも登録されているファシリダス王宮もあり、観光地ではあるが、観光客はまれにしか見ない。
たまに西洋人は見るが、東洋人はもうほとんど見なくなる。
エジプトを出ると、観光客はめっきりと減る。

その日ゴンダールのファイサルホテルというところへチェックインすると、偶然エジプトのカイロでもホテルが一緒だった日本人カップルに会った。
偶然といってもエチオピアでは、まともな宿は少ないので、旅行者は必然的にだいたい同じような宿に集まる。
私もそのとき、エジプトで会ったA君と行動を共にしていて、その夜は4人で食事をし、再会を祝してビールで乾杯した。
このエチオピアはアフリカのなかでも物価が安く、生ビールが17円だ。

そのカップルの男性のほうは酒がつよい。
そして私が一緒に行動しているA君もつよい。
私は飲まないではないが、2杯も飲めば十分だ。
ここまでイスラム圏が続き、お酒もほとんど飲めなかったが、ここはキリスト教なので、お酒も自由に手に入る。
女性にしても、スカーフで顔を隠している人もいない。
私たちは少し開放的な気分になり、飲み続けた。
レストランで飲んだ後、部屋の前のロビーに場所を移し飲んでいたら、いつのまにか夜の12時をまわっていた。

私は突然のだるさを感じた。
きっとお酒と疲れのせいだろうと思い先に休ませてもらうことにして、ベッドに入った。
すると、すぐに便意が襲ってきて、トイレに駆け込んだ。
下痢をしている。
別にめずらしいことではない。
きっと疲れているのだろうと思い、またベッドに入った。

それからがひどかった。
やっと眠ったと思った頃にトイレに行きたくなる。
また行くと下痢をしている。
そしてまた眠りにつくと、もよおしてくる。
回数を重ねるほど、下痢はひどくなっていき、そして倦怠感があった。
上体を起こすだけでもひどく疲れる。
部屋のドアを出て、廊下にあるトイレに行くだけでも、はるか長い移動に思えた。

そんなことを6、7回ほどくりかえし、また便意が来た。
やっとの思いでトイレまでたどりつき、限りなく水に近い便を排泄し、また壁にもたれながら部屋にもどると、もう動けない。
しかし、やっとの思い出バックパックから体温計を探し出し、測ってみると、40度を越えている。
これは尋常ではない。
私の記憶のあるなかでは、人生最高の高熱だ。

私はなるだけ冷静に自分の症状を分析してみた。
まず、下痢は相当にひどい。
ほとんど水便だ。
昼食のときに食べたヨーグルトがどうも怪しい。
今日の朝食、昼食、夕食ともA君と一緒に食事をしたが、私が食べて、彼が食べていないものはそれしかない。
食堂のメニューにヨーグルトを発見し喜んで注文した。
見た目は普通だった。
食べてみると妙にすっぱかったが、ヨーグルトはすっぱいのものだと思い、砂糖を入れて食べた。
思い当たるのはそれしかない。

そして熱であるが、40度を越えているとなると、これはもう風邪などのレベルではない。
まっ先に頭に浮かんだのはマラリアである。
ここはアフリカだ。
いつどこにマラリア蚊がいても不思議ではない。
アフリカを旅行する人は、たいていマラリアの予防薬を飲んでいる。
以前のものは副作用が強く、それで失明したという話もある。
現在はコテクシンという名前の比較的安全なものが出回っていて、それを購入しようかとも思った。
しかも発病したときに服用すると治療薬にもなる。
とはいえ、人にもよるがコテクシンでも、頭痛やだるさなどの副作用は起こる可能性が高い。
マラリア蚊にさされ、且つ発病する可能性よりも、予防薬を飲んで、副作用に苦しむ可能性の方が高いと考え、飲んでいない。
それに予防薬も完璧に予防できるわけではない。
だったら、蚊に刺されないような工夫をしたほうがよっぽどいい。
だから予防薬は飲まずに、いざというときの治療用として、コテクシンを購入する予定だった。
私はそれをスーダンで探したが、運悪くどこも売り切れでまだ買っていなかった。

40度を越える熱は、私を非常に不安にさせた。
しかし、飲む薬もなければ、何を飲むべきかもわからない。
それに、時間は深夜の2時くらいだ。
病院もやっていない。
しかもあまりの高熱のため、正確な判断力さえなかったと思う。
そのときに私のしたことは、下痢を止めるために正露丸を飲み、熱を下げるためにバファリンを飲んだ。
とにかく一晩寝て、それから考えることにした。
しかし日本の薬は全くといっていいほど、効果がなかった。
私は翌朝までに20回ほどトイレとベッドを往復し、体力だけを消耗していった。
熱も下がることはない。
ほとんど眠ることなく朝を迎えた。

朝になっても、私の症状はまったく変っていない。
熱も39度から40度の間をいったりきたりしている。
体はひどく衰弱しているように思えた。
体温計を振って、メモリを35度以下にする動作でさえ、ままならなかった。
そんな状況ではあったが、このままではどうにもならないと思い、アフリカのガイドブック引っ張り出し、病気の項を開いて見る。
それを読むと、細菌性の下痢では高熱を伴うことがあると書いてあった。
これかもしれない。
下痢によって、熱を出したのかもしれない。
できればそうであってほしい。
マラリアよりはだいぶましだ。
そう思うと少し気が楽になった。

細菌性の下痢であれば、こっちで売っている、シプロキサンという薬がよく効くと書いてある。
私は自力でそれを買いに行く体力はないが、幸いA君がとなりのベッドに寝ている。

しかし、彼を起こすのは気がひけて、起きるのを待つことにした。
やっと10時くらいにA君が起き出し、事情を説明し、薬を頼んだ。
だが薬局が閉まっていると言ってすぐに戻ってきた。
この辺りでは、昼前後には休憩する店が多い。
その時間にあたってしまった。

仕方ないので、病院へ行くかどうか迷ったが、やはりやめた。
おそらくは細菌性の下痢だ。
だとしたら、薬で治るはずだ。
薬局が開くまで待てばいい。
その後も下痢は続いたが、さすがに出るものがなくなり、完璧な水便だ。
前の夜には、20分に1回だった下痢も、今はなんとか1時間に1回程度になってきた。
私は脱水症状を避けるために、水だけを飲んだ。
普通の水ではなく、水1リットルに対し、砂糖小さじ4杯、小さじ2分の1杯を混ぜたものを飲み続けた。
これはORS(経口補水塩)と呼ばれるもので、普通の水よりも25倍も体の吸収率が高い。
私は幸い砂糖と塩を持っていたので、これをつくった。
もちろん割合なんて適当であるが、ただの水よりはいいだろう。
体力は消耗しきっていたが、これで脱水症状にはならないはずだ。

夕方になりA君がやっと薬を買って戻ってきた。
それを飲み、2時間もすると、下痢は嘘みたいにおさまった。
熱は37度まで下がった。
私はようやく眠ることを許され、次の日の朝まで睡眠をむさぼった。

そして次の日、体力はすっかりなくなっていたが、やっと食事ができるようになった。
とにかく、マラリアでなくて良かった。
それ以来ヨーグルトは食べていない。

鉄郎の軌跡
鉄郎 初めての海外旅行は22歳の時。大学を休学し半年間アジアをまわった。その時以来、バックパックを背負う旅の虜になる。2002年5月から、1年かけてアフリカの喜望峰を目指す。

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