祈り

人の祈る姿は美しい。
初めてそう感じたのは、インドのアムリトサルという町だった。
ここには、ゴールデン・テンプルと呼ばれるシーク教の総本山があって、たくさんの巡礼者が訪れる。

頭にターバンを巻いたシーク教徒達が、夕日で光る金色のお寺の中、ゆっくりとひざまずき、地面に額をつけて祈っていた。
ゆったりとした動作で、穏やかに、静かに、時間は流れていた。
その瞬間だけは、世の中の一切のことから離れ、ただ無心になっているかのようだった。
ぼくにはそう見えた。
美しかった。
それは多分、祈り、だったんだろう。

パキスタンを旅行中、オンボロバスにゆられて、灼熱の砂漠を10時間も、20時間も移動した。
何度も意識が遠のきそうになる中、イスラム教徒である彼らは、決まった時間になると必ずバスを止め、お祈りを始めた。
何もないだだっ広い砂漠の中、灰色のイスラム服とイスラム帽をかぶった彼らは、同じ方向に、同じ動作で、何度も祈りを捧げる。
沈んでいく夕日に向って、いまだ冷めやらぬ熱気を帯びた大地にひざまずき、祈りを捧げるその時間は、静かで、穏やかで、厳粛なものだった。
何か見えない大きなものに向って祈りを捧げているようだった。
その姿は、やっぱり美しかった。
自然とか、宇宙とか、そんなとてつもなく大きなものと一体化しているような、そんな美しさ。

ぼくは人間が人間を超える瞬間というのは、確かに存在すると思う。
人間は醜い。
言葉では言い表せないほどの醜悪さを、誰しも秘めている。
絶望的に残酷なことを、眉ひとつ動かさずに平気で行える素質をもっている。
人間性と呼ばれるものの大半はそんなものだと思うんだけど、しかし、それを補えるだけの光り輝く面を、人は確かにもっている、と思っている。
それは、ほんのささいな親切心や優しさみたいなものから、歴史に残るような大きな出来事まで、色々あるんだろうが、この、祈る、という行為もそんな内のひとつなのだろう。

それらのものに接するとき、ぼくは、人間というものについて改めて考えさせられる。
ちょっと素晴らしいな、なんて思わず思ってしまう。
ますます人間について興味がわいてくる。
最高に面白いんじゃないかって思えてくる。
そんなの何だか恥ずかしくってひとりで照れてしまうんだけど、ぼくにとってはそのことが、生きるということに対する、希望的なできごとになっている気がする。

ある映画のセリフで、

「人は邪悪な面もあるけど、美しい面もある、だからこそ生きる価値があるのよ」

というのを印象的に覚えているんだけど、まさにその通りなんじゃないかと思う。
そういう美しい面を人と人との間にたくさん見出すことができれば、人生はすごく豊かなものになるんじゃないのかな。

さとうりゅうたの軌跡
さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

「祈り」への1件のフィードバック

  1. 「ぼくは人間が人間を超える瞬間というのは、確かに存在すると思う。
    人間は醜い。
    言葉では言い表せないほどの醜悪さを、誰しも秘めている。
    絶望的に残酷なことを、眉ひとつ動かさずに平気で行える素質をもっている。
    人間性と呼ばれるものの大半はそんなものだと思うんだけど、しかし、それを補
    えるだけの光り輝く面を、人は確かにもっている、と思っている。
    それは、ほんのささいな親切心や優しさみたいなものから、歴史に残るような大
    きな出来事まで、色々あるんだろうが、この、祈る、という行為もそんな内のひ
    とつなのだろう。」

    まさに私は昨日から全然寝る事も出来ずに祈っています。
    祈りは通じるのでしょうか?

    「人は邪悪な面もあるけど、美しい面もある、だからこそ生きる価値があるのよ

    自分に美しい面を見出せない時、生きる価値もなくなるのでしょうか?

    あまり幸せではない人生の中で、小さな希望を見つけた時
    すがるように本を集め、むさぼるように読んでいました。

    始まりがあればオワリがある。それが自分が醜いから
    邪悪な思いなどなくても、それを決めるのは相手だから。
    小さな存在は、ふっと息を吹きかけられただけで、
    どこへともなく飛んで二度と戻れないのです。それは「絶望的に残酷」だと
    息をした人は気づかないでしょうが、吹かれた方は絶望的に
    希望を無くすのです。

    次に自分が生きている証しを見出すまで、どのくらい祈るでしょうか?
    探すのでしょうか?

    夢の残骸を見ながら、愚かな自分に祈ります。美しい祈りではないけれど。

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