溢れだして

「一ノ瀬さん、一ノ瀬さん! 一体どうしたんっすか? 急に電池が切れたみてぇに固まっちまって。早くやりましょうよ、その、チャラスってやつを!」

沈黙しながらぐるぐる考えを巡らしていた智は、安岡の野太い声で我に返った。

「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと、ぼんやりしてた……」

智は、そう言うと巻きかけのジョイントを丁寧に仕上げていった。しかし、死体となった一希の残像は、その後も智の頭の中から消えることはなかった。

安岡は、チャラスにしたたか酔っていた。ベッドの上にぐったりと倒れ込み、両目は、殆ど閉じてしまいそうなぐらいぼんやりとしていた。さっきまでの威勢の良さはまるでなかった。

「一ノ瀬さん、これ、本っ当、凄いっすね……」

安岡は、仰向けに寝転がり、腹の上で両手を組んで天井で回るファンを眺めながら、まるで力の抜けた調子でそう言った。

マリファナを初めて吸う者の中には、その効き目に対する期待が大き過ぎるためか、効いているのを実感できない者がたまにいる。智もその口だった。三回目か四回目ぐらいでようやく、ああ、これがそうなのか、と実感できるようになった。それは、最初の内が効いていなかった訳では決してなく、効いているのに気が付かなかっただけなのだ。マリファナの作用は、LSDなどとは違ってそんなに劇的なものではない。場合によってはむしろ、酒よりも穏やかなものである。それなので、吸った途端にすぐ変化を自覚した安岡は、ひょっとしたらマリファナに関してかなり敏感な感性を持っているのかも知れない。もしくは、智の使ったマナリーのクリームが相当強烈に作用したのか、そのどちらかだろう。しかし、いずれにせよ安岡は、初めてのマリファナ・トリップに取り乱したりすることもなく、上手くその波に乗れているようだった。

「ああ、安岡君。いい感じにキマッてるみたいだね」
「キマッてる? ああ、このことを、キマッてるって言うんすか……。成る程、それならばかなりキマッてますよ。何だか頭がボーッとして、目の前がぐらぐら揺れてるみたいっす。しかし、どうしたんっすか? 一ノ瀬さん。何だかしょんぼりしてるみたいっすけど……」

安岡は、寝ころんだ姿勢のまま智の方に顔を向けてそう尋ねた。智は、普通にしていたつもりなのに、簡単に安岡に心の変化を読み取られて少し狼狽した。一希のことを智はまだ考えていたのだ。

「いや、何でもないよ。ただ、ちょっと疲れてるだけで……」

ごまかそうとして智はそう言ったが、安岡はそう簡単には引き下がらなかった。

「何っすか、一ノ瀬さん。水臭い。話してみて下さいよ。自分で良ければ相談に乗りますんで」

安岡の顔が蝋燭の炎で朱く照らし出されている。長く伸びた影が、灰色の壁に揺れている。その様子を眺めながら、さっき会ったばかりの男に一希のことを軽々しく話してしまってもいいものだろうか、と智は考えた。それに、例え話したとしても智の中で何かが解決するようにはとても思えない。しかし、人懐っこい安岡の表情は、何故か智の強張りつつあった心をリラックスさせていた。頓狂で屈託のない安岡のその表情を眺めていると、智は、ひょっとしてこの男なら何らかのヒントを自分に与えてくれるのではないか、と、直感的にそう思うのだった。気が付くと智の口は自然に言葉を発していた。

「あの、さ……。実は、さっき言ってたマナリーで……、人が、死んだんだ」
「えええっ!」

安岡は、突然飛び上がってベッドの上に正座した。あまりの安岡の驚きように、智は、今自分が話してしまったことを即座に後悔した。

「いや、安岡君、もう、いいんだ。忘れてくれよ。ごめん、変な話して……」
「そんな訳にはいきませんよ。一体、何があったっていうんです? 詳しく教えてもらえませんか?」

安岡は、息を整えて智にそう尋ねた。興奮を必死に抑えているようだ。もう逃れられそうにもないので、智は諦めて全てを話すことにした。

智が話す、一希が死に至るまでの一部始終を、意外にも安岡はとても落ち着きながら聞いていた。そして智は、自分の中で処理し切れない一希の死に対する思いも、隠さず安岡に話し切ってしまった。ちょっとチャラスを吸い過ぎていたせいもあるのかも知れない。何故だかそれらの言葉は、尽きることなく智の胸の奥から次から次へと溢れだして来るのだった。安岡は、うん、うん、と頷きながら黙って智の話を聞いていた。そしてしばらくそのままの姿勢で考え事でもするように目を閉じると、突然顔を上げて真っ直ぐに智を見返した。

「実は、一ノ瀬さん。自分も目の前で友達を亡くしたことがあるんっすよ」

智は、安岡のその言葉に声を詰まらせた。

「えっ……」
「しかも一番の親友だったんっす……。すいません、一ノ瀬さん。もう一服吸わせてもらってもいいっすか?」

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