新鮮な感慨

夕食を終えて宿の従業員も眠りに着いた頃、安岡と智は、二人で蝋燭の灯った智の部屋にいた。智は、蝋燭の明かりで手元を照らしながら丁寧にジョイントを巻いている。使っているチャラスはマナリーのクリームだ。いきなり世界最高のチャラスを吸えるんだから、安岡は幸せな奴だな、と心の中で智は思った。安岡は、智を質問攻めにしながら、喰い入るように智の一挙手一投足を眺めている。

「へええ。そうやって巻くんすか。成る程なあ。ところでその、木のお椀みたいなのは何なんっすか? もともとは灰皿っすか?」

安岡は、智のココナッツを指差しながらそう言った。

「これのこと? これはね、マナリーの近くのマニカランっていう村にいた、サドゥーに作ってもらったココナッツなんだよ。こうやってジョイントを作るときに使う皿なんだ」「へっええ。そんなもんまであるんっすかあ。それにサドゥーっていうと、インドの修行僧みたいな人のことっすよね? 一ノ瀬さん、そんな人とも知り合いなんっすかあ。はああ、すっげぇなあ……」

安岡は、至極感心した様子で腕組みしながら何度も頷いた。

「ちょっと待ってよ。別に全然凄くなんかないよ、そんなこと。サドゥーなんてインドにはその辺にいくらでもいるんだから。良かったら行ってご覧よ。マナリーならこっからダラムサラを経由してすぐ行けるからさ。安岡君、インドはどこ行くかもう決めてるの?」「いえ、まだ全然っす。自分、インドのこと全く知らないんっすよ。だから、決めたくても決められなくって……。一ノ瀬さんの言う、マナリーってとこに行ってみようかな……」「ああ、それはいいと思うよ。俺の知ってる人達も、多分まだいると思うし。凄いチャラスがいっぱいあるぜ」

そう言いながら智は、自分にとっては過去となっているマナリーの町へこれから初めて訪れようとしている安岡に、何か新鮮な感慨を抱いた。熱狂的だったあの日々。死んでしまった一希……。それらの記憶は、一希の死でさえ、智の中では既に遠い過去のものとなりつつあった。しかしそれは、智の記憶から消えてしまった訳では決してない。むしろ、時間という概念を飛び越え、普遍的な観念として恒久的に智の心に刻み込まれたのだ。死に抗いながら死んでいったあの一希の死に顔を、智は、どうしたって忘れることはできなかった。

一希の死は、一体智に何をもたらしたのか。死を拒みながら死んでいった一希。そんな一希を目の当たりにしながら、何にもできなかった自分。のうのうと生き延び、呑気に旅など続けている自分。ひょっとしたら俺は卑怯者なのではないだろうか? いくら一希の死が、言わば自ら引き起こしたものとはいえ、一希が死んでいく様子を目の前で目の当たりにした智の気持ちは、それだけでは済まされきれないものがあった。目の前で死んでいった一希を差し置いて、自分だけ生を楽しむ権利など持ち合わせていないのではないだろうか。何故一希は死んで、自分は生きているのか。同じようにインドにいて、同じような生活を送っていただけなのに、何故一希は刺され、自分は生き延びているのか。何故、刺されたのが自分ではなかったのか。果たして自分にこのまま生きていく資格などあるのだろうか……。 

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