スカンク

結局そのまま何をすることもなく時間は経った。すっかり夜も更けて、裸電球の明かりだけが侘びしく灯っている。

「直規君、そろそろ時間だよ」
「ああ」

直規は、寝転んだ姿勢のまま面倒臭そうに返事をした。

「ところでそいつ、幾らって言ってた?」
「確か千ルピーだって……」
「グラム?」
「ああ」
「値切ってみた?」
「一応ね」
「一応ってどういうことだよ、二グラム買うんだからちょっとは安くできるだろ?」
「でも、言い値は千五百だったよ」
「まだいけるよ」
「え?」
「もっと安くなるよ。グラム、千って言ったらヘロイン買える値段だぜ、絶対もっと安くなるよ」
「そっかぁ、まあその辺は直規君に任すよ」

心路は、ペットボトルの容器で作ったマリファナ用の水パイプをいじりながら話をしている。直規は、その様子を横目で眺めながら、しっかりしてくれよと言わんばかりに、はぁ、と小さく溜め息をついた。

「どう、それ直った?」
「ああ、何とかなりそうだよ。どうしてもここから水が漏れてくるんだけど、ロウを溶かして固めたら大分良くなった。多分これでいけるよ」

直規は、納得したように頷くと、智に向かって言った。

「智、俺ら凄ぇクサ持ってんだよ、キメてみる?」
「どんなの?」
「アムスのクサだよ。バイオテクノロジーを駆使して作った科学の子だよ。ほら、見てみ、このバッズ、粉だらけだろ?」

直規は、小さなパケットに入ったそれを指でつまんで軽く振ってみせた。

「マジで凄いね」
「だろ? あと、この匂いだよ、まるで薬品みたいな匂いがするんだぜ」

パケットに入ったそれを直規は智に手渡して、嗅いでみな、と目で合図をした。智は、パケットの口に鼻を近づけてその匂いを嗅いだ。

「凄い匂いだね。ツーンとくる匂いだ。何か、葉っぱのエキスを抽出して固めたみたいな感じだね」

直規は、嬉しそうにそれをパケットから取り出すと、少しほぐして心路の直していたボングに詰め込み始めた。

「スカンクっていうんだぜ、これ」
「えっ、何が?」
「このクサの名前だよ。アムスのクサは品によってそれぞれ名前がついてんだよ」
「凄いところだね、アムステルダムっていう所は」
「何せ、マリファナ合法の国だからね、オランダは、ククク」

声を押し殺しながら心路が笑った。

「ほら、智、いってみなよ。マジで凄ぇぜ。ボングでいったら一発だよ」
「でも、もう出かけるんだろ?」
「こういうのはちょっとキマッてるぐらいがちょうどいいんだよ。気にすんなよ、ほら」

智は少し躊躇したが、直規が強引に勧めてくるものだから断りきれなかった。

心路がライターを手渡す。智は、ライターに火をつけ、ゆっくりとスカンクに近付けていく。そして大きく息を吸い込むとコポコポコポという激しい水泡の音とともに大量の煙が一気に肺に充満する。たまらずむせた。むせ返って息苦しくなると頭に血が昇り、顔が熱くなる。その瞬間、マリファナの作用が一気に智の脳を刺激する。

「どう、智、スカンクは?」
「………」

智は、咳が収まらず、まともに喋れない。

「ハハハ、ちょっと一気にいき過ぎた? じゃあ、俺もいっちゃおうかな」

直規は、物凄い勢いで煙を吸い込むとすぐさま心路にボングを手渡した。そして次の瞬間、直規の鼻と口から大量の煙が一気に吐き出された。そのまま直規は俯いて動かない。
心路も、渡されたボングにスカンクを詰め込むと、直規と同じぐらいかそれ以上の勢いで吸い込んだ。部屋の中は、この数分で瞬く間に煙によって埋め尽くされた。

しばらく三人とも動くことのできない状態が続いた。あちこちから時折咳が発せられる以外は、部屋の外から聞こえるコオロギの鳴く声と天井のファンの回る規則的な音の響きだけだった ――― 

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