北京の出会い

北京の故宮博物院といえば、北京に行く旅行者の誰もが訪れる場所だろう。
映画ラストエンペラーの紫禁城と言った方がわかりやすいかもしれない。
ご多分に漏れず、私もそこに行った。
いかにも観光地という感じで、正直あまり興味はなかったが、
やはり行くことにした。

入り口の天安門には、毛沢東のでっかい肖像画が飾れられていた。
中国人はその目の前で記念撮影している。
平日だというのに、たくさんの中国人が訪れていた。
もちろん外国人も多い。
毛沢東の肖像画に興ざめしながら、天安門をくぐり中を見学した。
中は確かに綺麗だった。
内部の建物は朱色で、それが鮮やかだった。
皇帝が儀式をした建物のつくりとかも、建築としては美しかったが、
それだけだった。
中国の歴史や、建築に興味のある人なら違う感じ方なのだろうけど、
残念ながら私にとっては、特にそこから何かを汲み取ることはできなかった。
以前見た、カンボジアのアンコールワットや、ミャンマーのパガンと違い、
それを見ても、何も伝わってこなかった。

故宮博物院の敷地は広い。
興味のある人が見れば、何時間もかかるだろう。
私も1時間以上はかかって、外に出たと思う。
気温は30度を越しており、外に出たときにはかなり疲れていた。
ありがたいことに出口にベンチがあり、そこでみんな休憩している。
わたしもそこに座ってると、いつの間にか眠ってしまった。
どれくらい眠っていただろうか。
気がついた時にはベンチに横になったいた。
起き上がると、となりに東洋人の女の子が座っていた。
私のことをじって見ているようだが、
気にせずたばこを吸っていた。
しばらくして、彼女が意を決したように英語で話かけてきた。

彼女は韓国人だった。
韓国の大学を中退して、西安の大学に留学して2年になるという。
年齢は25歳。
若く見えて、20歳に見えるというと、子どものように喜んでいた。
目は細くて、色は白い。
青く色の入った眼鏡をかけているが、眼鏡をとった笑顔が可愛かった。
お互いの英語力はさほどではないが、そのおかげで気を遣わずにすんだ。
彼女はこれから2年間旅をするという。
これからモンゴル、ロシアを抜け、ヨーロッパで資金をつくり、
再びアジアにもどり、インド、ネパールなどに行く予定だが、
詳しいことはなにも決まっていないそうだ。
私も、アジアを抜け、南アフリカまで陸路で行くつもりだと言ったが、
たいして驚いた様子もなかった。
ただ友人が南アフリカで、3日間で3回強盗にあったから気をつけてと言っていた。

彼女は私が旅に出た理由を知りたがったが、
私の英語力ではそれはできなかった。
しかも、私が失恋して旅に出たと決め込んでいた。
彼女が旅をする理由もまたわからなかったが、
しきりに何も決まっていないと言っていた。

そこで1時間くらい話しただろうか。
どちらかともなく、何か食べに行こうということになった。
彼女は北京語がうまく、地元の人に聞きながらバスを探し、
ワンフーチンという所に連れていってくれた。
後でわかったが、そこは日本でいえば、銀座のような繁華街だ。
まずは水餃子を食べ、その後繁華街を歩いた。
メインストリートには屋台がずらりとならんでいる。
屋台といっても、いわゆるアジアのそれとは違い、
どこも小奇麗で清潔そうだった。
そこでは普通の食べ物もあるがその他に、
なんの動物かわからない内臓から、スズメの丸焼き、
イナゴ、イモムシ、蚕、セミの幼虫、
しまいにはサソリまで、売っていた。
そのほとんどが、油で丸ごと揚げたもので、かたちがそのまま残っていて、
それを頭からがぶりと食べるわけた。
サソリなんか食べたら、針がひっかかって痛そうである。
そんなことを考えていた。

まさかとは思っていたが彼女は
「なにか食べよう」
と言い出した。
今までいろいろな所に行ったが、食への興味はあまりない。
腹にたまって安ければそれでいいと思っている。
いつも地元の人が食べる店で食べているので、
自然とその土地の特産とかを食べることはあっても、
ガイドブックで店を探し、名物を食べるなんてことはない。
まして、いわゆる下手物の類は食べたいと思ったこともない。

私は
「食べたいんなら食べたら」
と少しつっけんどんに言ったが、彼女は気にする様子もなく、
何にチャレンジするか、真剣に悩んでいるようだった。
そして彼女が選んだのは蚕。
しかもご丁寧に、私の分まで買ってくれた。
一本の串に5匹ずつ綺麗にささっている。
わたしはもう後にひけずに、彼女が買ってくれたそれを受けっとてしまった。
最初彼女は、
「お先にどうぞ」
と言ったが、
私も私で
「レディファーストだよ」
などど卑怯なことを言っていた。
しかし彼女は
「男なんだから」
とまで言うので、蚕の頭の先っぽをかじってみる。
しかし、以外に硬く、かじれなかった。
私はええぃとばかり、1匹まるごと口に入れた。
まわりに塩がかかっているようで、味は塩味だった。
しかしその感触は紛れもなく、虫であった。
ゴキブリも食べたらこんな感触なのだろうか、
などど余計なことを考えてしまったら、鳥肌がたってきた。
中の部分は特に味がしない。
私は何とか1匹食べることができたが、
うまいとか、まずいとかではなく、
脳みそがそれを拒否しているようであった。

彼女も1匹食べ、嫌になったようだった。
そこで彼女は何故だかじゃんけんをやる仕草を見せた。
じゃんけんで負けた方が、残りを1匹ずつ食べようということらしい。
まず1回目、私の負け。
1匹食べる。
2回目も私の負け。
3回目も、4回目も負けた。
結局、自分の分と彼女の分とほとんど食べてしまった。
もちろん、うまくなどない。
いやいや食べた。

しかしそんなやりとりは、とても楽しかった。
そのあとも街は歩いて他愛もない会話をした。
彼女は妙に馴れ馴れしく、私もそれが嫌ではなかった。
もう、何年も前から友人のような接し方だった。
お互いの英語はたどたどしかったが、
英語でこんなに楽しい会話をしたのは初めてだった。

いつの間にか、日はとっぷりと暮れていた。
別れの時である。
彼女とはメールアドレスの交換をした。
異国で出会った、しかも異国の人との別れが、
こんなにも名残惜しいのは初めてだった。
また会いたいなと思う。
できれば、インドあたりがいい。
その時にはいつの間にか私の英語も上達していて、
自分の旅のことなど語りたい。
自分の旅の理由やその体験、将来の夢など語れたら楽しいだろう。
そして彼女のことももっと聞けたらいい、
なんてことを考えながら、その日は眠りについた。

鉄郎の軌跡
鉄郎 初めての海外旅行は22歳の時。大学を休学し半年間アジアをまわった。その時以来、バックパックを背負う旅の虜になる。2002年5月から、1年かけてアフリカの喜望峰を目指す。

「北京の出会い」への1件のフィードバック

  1. こういうことってすごくよくわかります。
    頭にその光景がすごくはっきりと想像できます。

    すごくいいエッセイだと思いました。

    人間っていろいろなことが自分の周りで起こっても、
    何も感じなくなったら終わりですよね。

    素晴らしい人ですよね。
    無関心さが特徴の冷たい世の中ですが、
    その場にいた人、そしてその場にいた人の話を聞いた人、
    そんな人たちに考えるきっかけを与えたわけですから。

    このエッセイも実際、僕に考えるきっかけを与えてくれました。

    これからもいいエッセイ、期待しています。

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