ライター:いとう某 22歳のとき初めて行った海外旅行で日本とは違う世界に衝撃を受ける。まだ見ぬ世界、自己の成長と可能性を求めて旅した国は、5年間で35ヶ国。思い出に残る旅はエヴェレストを見たヒマラヤトレッキング。
20Mar01
翌朝、私はこの日も一番後に宿を出た。
レイケたちに追いつき追いこす。
後ろからレイケが何か叫んでいる。
振り向くと、レイケが違う道を指さしている。
どうやら道を間違えたようだ。
いま来た道をもどってゆく。
方向音痴な私は、よく道に迷う。
一度などは、目的地まで半日で行けるところを道に迷い、到着したのが翌日の昼だったこともあった。
「ありがとう」
私はレイケに感謝した。
カリコーラに先についた私は、適当な食堂に入り、簡単に食事をした。
ホットレモンも飲みおえ、そろそろ行こうかと思ったとき、レイケたちがやってきた。
すれ違いに出てゆくのは失礼だろうと思い、私は彼女らとおしゃべりをした。
その中で...
15Mar01
チョコレート1
初めて彼女に出会ったのは、ネパール、リングモの宿だった。
前日洗った洗濯物が乾かず、私はひとりきりのドミトリーに二泊することになった。
夕方、ドタドタと階段をのぼってくる足音が聞こえると、二人の欧米人の女性がバックパックを背負ったまま、ベッドに倒れこんだ。
「疲れたぁ」
「死ぬう」
――ずいぶんにぎやかなトレッカーだな。
寝袋にくるまって、ベッドに寝転んでいた私は、そのまま半身を起こした。
透明感のある金髪の女性が、倒れたまま顔をこちらに向け、「風邪で寝ているの」
と、起こしてしまったことを申しわけなさそうに聞いてきた。
「いや、することがないから寝ているのだよ」
私は、洗濯物が乾かないことや...
17Dec00
偶然と必然
偶然の必然性について昔から考えていた。
旅をしていて、もっと考えるようになった。
きっとぼく以外の人も、旅をすればそう考えるようになると思う。
偶然は必ずしも偶然ではなく、必然は必ずしも必然ではないということ。
例えばぼくが旅をしたての頃、タイのバンコクである女の子を病院につれていった
右も左も分からんときで、無事彼女を送り届けたときには、ひとまわり大きくなれた気がしたもんだ。
そんなふうに、ぼくを成長させてくれた彼女なんだけど、それっきりで、とくに名乗り会うでもなく、知ってるのは名前ぐらいだった。
そんな彼女と、何と、1年後にインドの山奥で再会したのだ。
本当に山奥で、だよ。何も待ち合わせ...
12Dec00
ネパール人との結婚
ネパールでは、日本人女性とネパール人男性のカップルが、年間100組ほど結婚するという。
さらに多い年は、200組を越えるという。
カトマンズのタメル、ジョッチェン辺りを歩いていると、良くその組み合わせを見る。
たまにひとりで歩いている女性に、一緒に食事でもと声をかけると、ほとんどの女性に約束があるからと断られる。
約束の相手はもちろんネパール人男性だ。
ネパール人の友人と話しているとき、日本人女性とネパール人男性のカップルを見つけた。
友人が教えてくれる。
「彼らは結婚するのだって」
2人はとても幸せそうに見える。
実は私も、ネパール人の女性を嫁にどうかと言われたことがある。
ナムチ...
24Oct00
パレスチナ4
Aさんは、私たちにひとりのタクシー運転手を紹介してくれた。
彼は、モスクでユダヤ人青年が銃を乱射したとき、その場にいたという。
腰のあたりを撃たれ、いまでも立つことはできないようだ。
ひとりではタクシーから乗り降りするのも難しいという。
彼は、撃たれた後の入院生活から、タクシーの運転手になるまでの話を聞かせてくれた。
Aさんが彼の話を英訳してくれる。
彼は数年かかってここまで回復したそうだ。
くじけずにがんばってきた話が涙をさそう。
Tさんはその話を聞いて泣きだし、通訳ができなくなった。
「何か彼に聞きたいことはあるか」
そう聞かれ、私は、事件のことを聞きたいと言った。
「それは聞けない」
と...
20Oct00
パレスチナ3
私たちはモスクの近くにある、市場に向かった。
狭い路地にある市場はどこも閉まっている。
もう長い間、商売はしていないようだ。
道端には石やゴミが散乱し、頭上に張られたネットには石が載っている。
聞くと、このネットは投石を防ぐためのものだという。
ユダヤ人に向かって石を投げるパレスチナ人しかTVで見たことのない私は、初めパレスチナ人が投石したのかと思った。
が、Aさんは違うと言う。
「パレスチナ人がパレスチナ人の市場に投石するはずがないだろう」
ここは、パレスチナ人の市場だったとのことだ。
Aさんは、市場の頭上に塔のようにそびえる建物を指さした。
あそこには、ユダヤ人の家族が住んでいる。
Aさん...
18Oct00
パレスチナ2
「24時間の外出禁止令ですか」
聞くと、先日の爆弾テロで8人の死亡者が出たために出されたとのことだ。
私は二人のパレスチナ人の老夫婦がこちらに歩いてくるのを見つけた。
「外出しているじゃないですか」
24時間といっても、一日のうち買い物などに必要な1?2時間は許可が出ているという。
しかし、仕事などには行けないとのことだ。
「だから、ここを離れる人が多いわ」
それが、パレスチナ人を追い出す、ユダヤ人の常套手段だとのことだ。
ヘブロンの地は、ユダヤ人にとってもパレスチナ人にとっても聖地である。
ここには、アブラハムとその息子イサクの墓があるからだ。
イサクにはエサウとヤコブの二人の息子があり、パ...
13Oct00
パレスチナ1
確か、ミシュランの道路地図だったと思う。
イスラエル周辺国の人間に見られることを意識してか、中東地域のその地図には、イスラエルの国名は無く、パレスチナと書いてあった。
イスラエルはユダヤ人の言う国名、パレスチナはパレスチナ人、アラブ人が呼ぶ地域(国)名である。
この二つの名は同じ場所をさしている。
この両者の確執を説明しようとすれば、紀元前二千年までさかのぼらなくてはいけない。
ここではその歴史的説明を省くが、この地域では現在、ユダヤ人とパレスチナ人がその土地、主権などをめぐって争っている。
イスラエルに入国した私は、ナザレ、テルアビブとめぐり、エルサレムに着いた。
ここ、エルサレムは、ユダ...
08Oct00
ボーダー2
金を渡してしまったら、もちろん返ってはこない。
取られてたまるか、と思った私は、「なぜだ」
と尋ねる。
係員は、「おまえ達は書き忘れというミスを犯した。それはおまえ達の責任だ」
だからパキスタンルピーを出せ、と言う。
そんなバカな話があるか。
「おまえ達インド人の係員が、書く必要がない、と言ったから私は書かなかったのだ。ミスを犯したのはおまえ達の方だ」
と私は言い返す。
「だから、パキスタンルピーを出す必要はない」
私と一緒にいる日本人旅行者も、ここがふんばり所と言い返す。
しかし係員は、「そんなことは知らない。ここに書いていない金を出せ」
と言う。
彼らもここでがんばらなければ、私たちから金...
03Oct00
ボーダー1
ネパール、カトマンズ。
アジア横断の旅を目指す旅行者が私に教えてくれた。
「インド、パキスタン間の国境は最悪らしいですよ」
どのように最悪かと聞くと、国境警備の係員に持ち金をだまし取られるという。 その後も、私は何度か同じ話を聞いた。
日本の場合、出入国の管理官が旅行者の財産を狙うことはあまりないが、アジアでは公務員の特権とばかりに、それを行う者は少なくない。
私は、昨晩宿が一緒だった日本人旅行者と、インドのアムリトサルからバスに乗って、パキスタンに向かうべく、国境へ向かった。
国境が開く時間より早く到着してしまったので、私たちは両替を済ませ、国境が開くまでジュースを飲みながら待つことにし...
18Sep00
固定観念
新聞やTVのニュース、ガイドブックなどで、私はおとずれたことのない海外の国々をイメージしてみたりする。
それらの国々を旅する前は、日本で仕入れられる情報だけで、私はその国を理解しているつもりでいた。
しかし、それらの国々を旅してみると、イメージと違う現実にぶつかることが多々ある。
もちろん、私以外の旅行者も。
エジプト、ダハブの町。
アカバ湾に面するこの町の浜辺には、カフェやレストランが並んでいる。
夜、私たち5人は、砂浜にじゅうたんを敷いた一件のカフェでお茶を飲んでいた。
その中のひとり、スキンヘッドに筋肉ムキムキのスウェーデン人男性が言う。
「俺はこれまで、シリアという国は危険な国だと思...
23Aug00
チップ2
注文は、と聞かれ、何があるの、と尋ねる。
「マルゲリータとマリナーラ」
Mには、この2種類しかない。
よほど味に自信があるのだろう。
私は、マルゲリータを注文する。
私の目の前で、店員さんがピッツァの生地をくるくる回す。
生地が出来ると、刻んだトマトをのせる。
チーズをぱらぱらと振り、バジルをのせる。
オリーブ油をかけたら、あとは釜で焼くだけ。
簡単だ。見ていてそう思う。
マルゲリータが出てきた。
ひとくち食べてみる。
「うまい」
私は幸せを感じる。
このMという店は何故か、日によって味が違う。
私はナポリ滞在中、4度Mでピッツァを食べたのだが、2度はおいしく、2度はふつうだった。
おいしか...
20Aug00
チップ1
一通の暑中見舞が届いた。
以前、イタリアのナポリで知りあった女性からのものだった。
彼女は、夏休みをとって、友人たちと2週間ほどイタリアを旅行したとある。
絵葉書の縁にこう書いてあった。
Mのピザもあいかわらずうまかった!
Mは、ナポリでおいしくて有名な、ピッツェリアの名前である。
私はナポリで会った学生さんに、ピザではなく、ピッツァだと教えられた。
だから、ここではピザではなく、ピッツァと書く。
ピッツァ、私の大好物である。
しかし、日本ではあまり食べない。
数年前のイタリアのソレントで、おいしいピッツァを食べて以来、日本でピッツァが食べられなくなってしまったからだ。
それぐらい、イタリ...
15Aug00
おみやげ屋2
ロシャンの家の家族構成は、父、母、ロシャン、奥さん、子どもの5人である。
奥さんは若い。というより幼い。
歳を尋ねると16だという。
聞くと、彼女が13歳のとき、ロシャンと結婚したという。
13歳で結婚。私は驚いた。
ネパールの法律にも、結婚をするには年齢制限があり、奥さんの結婚当時の歳は当然ひっかかるのだが、世間ではそんなことお構いなしに結婚してしまうらしい。
それに、彼の結婚した理由がおもしろい。
ロシャンがいうには、彼は若いころ女の子にもてたと言う。
そのころ、つきあっている女の子がいて、その子のことが大好きだった。
ある日、いまの奥さんに、好きですと言われ、それにロシャンは、嫌いだと...
12Aug00
おみやげ屋1
ネパール、カトマンズ。
クマリ館の東隣にある大広場には、たくさんのおみやげ屋が店を開いている。クマリ館の東隣にある大広場店を開いている。
おみやげ屋といっても店舗を持っているわけではなく、広場に板をひき、その上に色々なおみやげを並べて売っている。
店の数は30を下らない。
それだけ店があると、ひまな店が出てくる。
いや、一日のほとんどを彼らはひましている。
だからであろう、彼らは毎日チェスをしている。
彼ら以上にひまな私は、観光もせず、チェスを眺めている。
ときどきやらせてもらうが、なかなか順番は回ってこない。
「チェスがやりたいのか」
後ろから若い男が声をかけてきた。
「やりたい」
私は彼の...
09Aug00
森の宿2
「カトマンズは車が多く、空気が汚れている。そのため私は健康を害した」
と主人は思い出すように話す。
「私は毎日のように病院に通い、薬を飲んでいた」
スイス人女性と私は聞き入っている。
「ある日、私は大学を辞めた」
「収入は良かったのでしょう」
とスイス人女性が聞く。
「確かに良かった。しかし、収入より身体が大切だと思った」
隣村のジュンベシは奥さんの故郷だという。
それでここに住んでいるのか。
「ここに住むようになってから、私は病院も医者も薬も必要なくなった」
病気は治り、身体が良くなったという。
主人はいった。
「自然のなかで生活するということは、すばらしいことだ」
翌朝、朝食にアンクルテ...
06Aug00
森の宿1
ネパール。
交通手段が、徒歩以外は馬、牛、ロバしかないところ。
その宿は、森の中に一件だけ、ポツンと建っていた。
「この宿に泊まるのか」
夕暮れ時、ほったて小屋のような宿を前に、私はこの森の中で知りあったポーターと、合わせた両手を頬のあて、ゼスチャーで会話する。
彼は英語ができない。私にそうだ、とゼスチャーで返す。
「君はどうするのだ」
とゼスチャーで尋ねると、次の村、ジュンベシに行くらしい。
「私もジュンベシに行く」
とやはりゼスチャーでいうと、この宿で泊まったほうが良いと言っているらしい。
ほったて小屋の中から、小さな子どもが出てきた。
ポーターの彼が何か言うと、子どもはほったて小屋か...
03Aug00
ホットレモンを飲みながら
リングモ村のとあるロッジ。
私は、ホットレモンを飲みながら、ロッジのダイニングで、バンソンの旅の話を聞いている。
バンソンはフランス人、彼は、アフリカのニジェールに行ったことがあるという。
「へえ」
私は感心する。
彼は首都のニアメーに降りた後、ガイドをひとり雇い、彼にお金を預けて、市でラクダを買わせたと言う。
「僕が直接ラクダを買ったら、ラクダ商人にぼられるからね」
その後、彼はガイドと共に1ヶ月間、ニジェールのサハラを旅したという。
「ガイドの案内で村々を周るのだけど、その村々には一家族ずつしか住んでいないのだよ」
彼は、その一家族ずつしかいない村々を、ラクダの背の上で揺られながら旅をした...
31Jul00
その国のイメージ
私にとってキプロスのそれは、最悪だった。
ギリシャ、ロードス島からキプロスに船で入国しようとすると、出港前に船のなかで入国審査を行うことになっている。
私は2番目に並びながら、結局いちばん最後にまわされた。
キプロスの警察官は、私のパスポートを手にしながら、名前、生年月日、所持金、なぜ色々な国に行っているのかなどを聞いてくる。
サインも何度か書かされた。
私は、所持金を2ヶ所以上に分けて持っていることまで、説明しなければならなかった。
その警官は、パスポートの写真と私の顔が違うとまで言う。
彼は、私を入国前の不法就労者とでも思っているのだろうか。
どうにか入国は許されたが、私は非常に気分を害し...
28Jul00
商売熱心なアフガニスタン人
2年前の話。 私は、ある町の安宿のロビーで、ここの息子と話をしていた。
彼は、へそだしホットパンツ姿の日本人女性を見たと言う。
私は驚いた。
かなりのチャレンジャーだ。
ここP国では男女関係なく犯されると、日本人男性バックパッカーでさえ襲われることを恐れ、髭をはやす人が多いというのに、(ちなみに、私はこのとき2ヶ月髭を生やしたまま、旅をしていた)その女性はいくら暑いとはいえ、犯されてもおかしくない格好をして旅をしているという。
「日本では、女はみんな、ああなのか」
と彼は聞いてくる。
「夏はね」
私の返事を、彼はうらやましそうに聞いている。
彼は、アフガニスタン人である。
国が内戦のため、...


