25Feb10

ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

さとうりゅうたの行路

パーティの始まった直後の出来事だった。夜の山を小一時間程歩いたパーティ会場には、
そろそろ人が集まり始める頃だった。深い森の中に設置された特大のスピーカーからは空
気を揺るがすような大音量のトランスミュージックが吐き出され、すぐ隣にいる人間と会
話することもままならない。街灯のように吊るされたブラックライトによって、一心不乱
に踊り続けるレイヴァー達がぼんやりと淡く照らし出される。木々の間には、蛍光色のシ
バ神や幾何学的な模様の描かれた大きな布が何枚も張り巡らされ、それらは、ブラックラ
イトに反射して妖しい光を放っている。
「サトシ、一希は?」 
 心路が、智の耳元まで口を寄せて大きな声でそう言った。智は、大袈裟に首を振って、
知らない、と答えた。するとその時、突然智達の近くの群集が騒然として、何かを取り囲
むようにしながら大きな輪になった。智は、何だろうと思って中を覗き込むと、その中心
で一希とイスラエル人らしい男が言い争いをしながら揉み合っているのが見えた。何か一
言発するごとに、お互いがお互いを突き飛ばし合っている。良く見るとそのイスラエル人
は、ゴアにいた時からあまりいい評判のなかったドラッグディーラーだった。その男の捌
いているものは、皆、粗悪品ばかりだというのがもっぱらの噂で、智も、一度その男から
エクスタシーを買ったことがあったのだが、それはやはり、まるっきり何の作用も及ぼさ
ない全くの粗悪品だった。智は、その噂が本当であることを、既に身をもって証明してい
たのだ。恐らく一希は、そのようなことでその男にクレームを付けている内に、言い争い
になったのではないだろうか。断片的に「ゲバラ」だとか「マネー」だとかという単語が
聞こえて来る。智は、それを見て慌てて心路に報告した。
「心路、大変だよ! また一希が何か揉めてるよ!」
 智が心路にそう声をかけると、心路は慌てて輪の中を覗き込んだ。そしてその中の一希
を確認して、あいつ、また、と言って、すかさず二人に近寄ろうとするのだが、それを取
り囲む群集や、それには全く無関心に踊り続ける人々に阻まれて、どうしても近寄ること
ができなかった。
「くそっ、頼むよ、中に入れてくれ!」
 心路のその叫びは、スピーカーから波動のように流され続ける大音量によって空しく掻
き消されていった。中心で揉み合っている二人の争いは、どんどん激しくなっていく。す
ると突然、一希が男の顔を殴りつけた。男の顔は一瞬横に揺れ、次の瞬間、膝が地面に落
ちた。一希は、間髪入れずに跪いた男の顔面を蹴り上げる。男は、音もなく後方へ半回転
しながらうつ伏せに倒れ込んだ。周りから悲鳴とも歓声ともとれないような嬌声が、サウ
ンドの合間を縫ってとぎれとぎれに響きわたる。
 一希は、膝に手を突いて肩で息をしながら、倒れている男をじっと見守っていた。気の
せいか、一希の表情が苦痛に歪んでいるように見える。とその時、智は、倒れているイス
ラエル人ディーラーの右手に握られている物を見て目を見張った。銀色の閃光をチカチカ
と放ち続けるその物は、明らかにナイフであった。
 智は慌てて心路の腕を引いた。

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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