ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

岳志は、チャラスの味を噛み締めるように、ゆっくりと煙を呑み込みながらそう言った。
「俺は、その時まだヘロインをやったことがなかったんだ。ヘロインっていえばドラッグ
の王様みたいなものじゃない? だからその時の俺は、どうしてもヘロインがやってみた
かったんだ。いや、やらない訳にはいかなかったんだ。最高の物を知らずに、ドラッグや
ってる、なんて言えないと思ってたからさ。でも、この辺りじゃヘロインなんて誰も持っ
てないし、当然アナンも持っていなかった。どうしてもやってみたいから探してみてくれ
って頼み込んでも、アナンは、ヘロインはこの辺じゃあ手に入らないし、それに絶対に体
に良くないからやめておけ、と言うばっかりで取り合ってくれなかったんだよ。でも、毎
日毎日そう言ってるうちに、とうとうアナンが折れてヘロイン持ってる奴を探し出して来
てくれたんだ。たまたまパキスタン人のディーラーがいて、そいつがパキスタンのペシャ
ワールから大量にインドにヘロインを運んできたっていうんだ。俺は、もう嬉しくって、
すぐにそいつと会わせてくれってアナンに頼んだんだけど、アナンは、買うのはこれ一回
きりにしてくれ、でないと奴とは会わせない、と何度も何度も俺に約束させようとするん
だ。俺は、そんな約束なんてする気はさらさらなかったけれど、あんまりしつこいもんだ
から、もちろん後で破るつもりで、その時はアナンと約束したんだよ。分かった、これっ
きりにするからって。そしたらアナンも折れて、とうとう俺はそいつと会うことになった
んだ。アナンと俺は指定された部屋へと赴いた。もう胸は、張り裂けんばかりにドキドキ
してたさ。ようやく探し求めていたものが手に入るんだからな。そして、そんな風に緊張
しながら、待ち合わせをしていた部屋でそのパキスタン人と対面したんだ。そしたらそい
つ、実際ヘロインを持って来てたのはいいんだが、取り引きの後に、試してみろって注射
器出してきやがってさ。注射器なんて出されてさすがに俺はビビったんだけど、そこで引
いたら負けだ、みたいに思っちゃって、やってやろうじゃんってことになったんだよ。そ
れで、いいぜ、じゃあ打ってくれよ、ってパキスタン人に言ったら、アナンが、タケー、
頼むから打つのだけは止めてくれ、お願いだから注射だけはやらないでくれ、と、何度も
俺を止めようとするんだ。だけど俺は、全く聞く耳なんて持っちゃいなかった。大丈夫だ
から、と言って、俺が強引にアナンを退けてると、パキスタン人はスプーンの上で水に溶
かしたヘロインの溶液を、ニタニタした表情で俺達の方を眺めながら注射器で吸い上げ始
めた。そしてそいつは、差し出された俺の左腕に注射針を差し込んだんだ。その間中アナ
ンは、何で注射なんてするんだ、売るだけでいいだろ、そんなことしなくたっていいじゃ
ないか、みたいなことを何度もそいつに向かって言ってたんだけど、そいつは手っ取り早
く俺に次のヘロインを買わせたかったんだろうな、アナンのそんな言葉など全く無視して
一番効きの強い静脈注射という方法で俺に試させたんだ。そうすれば効率がいいからな。
実際その一発は物凄かったよ。温かいヘロインの感覚が、腕の皮膚を突き刺した注射針の
先から血管を通って全身に拡がって行くのが分かるんだ。そして次の瞬間、猛烈な快感が
俺の全身を襲った。これは口では上手く言えないけれど、今までまるで味わったことのな
いような、衝撃的な快感だった。しばらく俺は、夢見心地でその感覚を味わっていたんだ
が、次の瞬間、急に心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。それはまるで胸の肉が盛り
上がるぐらい激しい動きで、時間が経つにつれてどんどんどんどん速くなっていく。そし
てだんだん息苦しくなってきて、気が付いたらまるで首の辺りを誰かに思いっ切り絞めつ
けられているように、全く息ができなくなっていたんだ。その時、俺は、軽はずみだった
自分の行動を猛烈に後悔したんだが、既に遅かった。それから先は何にも憶えちゃいない。
意識を失ったんだ。きっとパキスタン人の奴が、俺が初めてだっていうのを知らなくって、
ヘロインの溶液を濃い目に作ってたんだろうな。もう、ものの数分で気を失ってしまった。
それでその後、気が付いたら病院にいたって訳さ。後でアナンに聞いたところ、その時の
俺の顔は、みるみるうちに青ざめていって、顔が真っ青になってしまうと、そのまま真後
ろへブッ倒れたらしいんだ。とにかくかなりひどい状態だったらしい」
スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。


