30May09

ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

さとうりゅうたの行路

ぼんやりとそんなことを考えながら、智は、後で岳志とマニカラン・コーヒーショップ
で落ち合う約束をし、一旦別れてそれぞれの部屋へと入っていった。どうやら岳志は、一
人の時間を過ごしたいタイプのようだった。どうも、誰かと長く一緒にいると落ち着かな
いらしい。智は、マナリーからマニカランまでの道のりで薄々それを感じとっていた。だ
から部屋もシェアするのではなく、わざわざ別々に取ったのだ。
 部屋の中は思っていた程悪くはなかった。窓のすぐ外には川の流れを眺められ、その背
景には深い緑の山々がそびえている。そして何よりも川のせせらぎが聞こえてくるのが智
の気に入った。周りは静かで何の物音もしないし、ここでならくつろいでゆっくりと過ご
すことができるだろう。何となく浮き浮きしながら、智はベッドに仰向けに横になった。

 どうやらそのまましばらく眠ってしまっていたようだ。目を覚ますと、すっかり辺りは
暗くなっていた。窓の外は、ぼんやりとした街灯によって照らされ、川の水面が時折キラ
キラとその光を反射させている。あまりに熟睡していたせいか、智は、一瞬自分がどこに
いるのか判別できなかったが、体を起こして周りを見渡すと、徐々に今日一日の出来事を
思い返していった。そしてふと岳志と待ち合わせていたことを思い出し、慌てて身の回り
の用意をして部屋を飛び出した。その前に一応、岳志の部屋もノックしてみたが返事はな
く、やはりもう出かけてしまった後のようだった。智は、急いでマニカラン・コーヒーシ
ョップへと向かった。
 日の暮れた夜の町に殆ど灯りはなく、ツーリスト向けレストランの灯すか細い光が、ポ
ツポツと闇を照らすだけだった。道は、町を抜ける細い道が一本だけだったのでいくら暗
くとも迷うことはなかったが、橋の手前まで来ると激しい川の流れが闇の中からザアザア
と音を立てて響いており、その音はさすがに無気味だった。暗い橋を渡る時、闇の中に潜
む得体の知れない何かに引きずり込まれそうな気がして、智は早足で橋を渡った。
 それから店へと向かう坂道は、更に真っ暗で、灯りという灯りは殆ど無いに等しく頼り
は月灯りだけだった。智は、何となく空を見上げた。するとみるみるうちに雲が消えてい
き、今まで曇り気味だった夜空が、瞬く間に満点の星空に変わった。そして驚く程、辺り
が明るく照らし出された。智は、こんなにも月や星は明るいものかと、まるで初めてそれ
らを見た子供のように強く感銘を受けた。智の生まれ育った都会では、最早そんな当たり
前のことすら知ることはできなかったのだ。
 

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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