25Feb09

ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

さとうりゅうたの行路

智は気の遠くなる思いがした。ヘロインが切れてきているのかも知れない。
 いつものように白い粉を耳かきですくうと、智は鼻から吸入した。心路に貰った分は、
もう残り少なくなってきている。後は、ブラウンが少しあるだけだ。智は、これが無くな
りそうになったら心路の所へ会いに行こう、と、そう思った。

 更に一週間程が過ぎた。今までこの町ではあまりツーリストには出会わなかったが、最
近、良く見かけるようになった。しかし、彼らはいわゆる普通のバックパッカー達とは違
い、明らかにパーティを目当てにやって来たレイヴァー達だった。そろそろ本格的にマナ
リーでパーティが始まるのかもしれない。何となく、町全体の雰囲気がざわめきだってい
る。
 しかし智には、そのことが今いちピンと来なかった。それは、ゴアとの極端な雰囲気の
違いから来るものなのかも知れなかった。あの、海や椰子の木の茂る南国の風景、だだっ
広いパーティ会場で砂を蹴りながら踊る解放感、それらが智にとってのパーティのイメー
ジだったので、こんな山奥でやるのはかなり窮屈なことのように思えたのだ。生い茂る針
葉樹林の間のわずかなスペースで踊りながら夜を明かすのは、何か、とんでもなくストイ
ックなことのような気がした。それにこの寒さだ。かなり防寒用品を持って行かなければ
ならないだろう。ゴアの焼き尽くすような太陽のもと、裸で踊り狂っていたレイヴァー達
がそんな環境に適応できるとはとても思えなかった。もしかしたらレイヴァーにも、山派
と海派がいて、マナリーに来ている連中は、きっと山派のレイヴァーなのだ、と、そんな
どうでもいいようなことを、智は、行きつけのカフェでチャイを啜りながらぼんやりと考
えていた。
 するとそこへアリという、カフェで働いているインド人が智に声をかけてきた。アリは
パキスタン系インド人で、もともと両親は、パキスタン北部出身のパキスタン人なのだが、
ジャンムー・カシミール州でのパキスタン・インド間国境紛争の際、インドの北端の町ス
リナガルに移り住み、そこでアリを産んで育てたのだ。だからアリは、一応インド人とい
うことになっている。
 "アリ"という名からも分かるように、アリはムスリムなのだが、ムスリムにとっては
欠かせない筈の、日に五回のお祈りをしている所など見たこともないし、平気な顔をして
酒まで飲んでいることもあるので、アリは、あまり熱心な信者という訳ではないのだろう。
第一、ここはヒンドゥー教の聖地である。そこで「ムスリム」のアリは、いつもチャラス
を吸って、トランスミュージックを聴きながらヘラヘラ踊っているのだ。
 今日もカフェでは昼間からトランスミュージックが鳴り響いていた。
「サトシサン、ゲンキデスカ?」
 アリは日本語で声をかけてきた。ああ、と智が答えると、スッと、特大サイズのジョイ
ントを差し出した。
「ボン・シャンカール、シマショウ」
 にっこりと白い歯を光らせながらアリはそう言った。
「ボン・シャンカール、って、アリ、ムスリムだろ? それはヒンドゥーのマントラだぜ」
 智は、アリを咎めるようにそう言った。
「ノー・プロブレム」
 アリは肩をすくめると、太いジョイントの先に火をつけた。

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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