30Jan09

ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

さとうりゅうたの行路

もうすぐ、奈々が帰って来る頃だった。この宿に戻って来るとは一言も言っていなかっ
たが、果たして戻って来るのだろうか? 恐らく、明日か明後日ぐらいにはデリーに着く
筈だ。
 智は、明日のマナリー行きのバスのチケットを手に入れた。奈々の帰りが近いというの
は分かってはいたが、もうパキスタンビザは手に入れていたし、デリーには何も用事がな
かったからだ。だとしたら、一刻も早くこの忌わしい地から逃げ出してしまいたかった。
もちろん奈々にはたまらなく会いたいけれど、果たして彼女がこの間の別れをどう思って
いるのか想像もつかない。ひょっとしたらもう、口も聞いてくれない程自分のことを憎ん
でいるのかもしれない。もしそうだった時、とてもそんな現実に対面できるような精神状
態を今の智は持ってはいなかった。だから、逃げるようにこの地を去るのだ。
 二週間に及ぶデリーでの滞在に智はようやく終止符を打った。荷物をまとめ、扉に描か
れたシバ神を見ていると、それを描いていた時のことがもう随分昔の日のことのように思
い出される。シバ神は、相変わらず微笑みながら踊っていた。たくさんの扉の落書きは、
あの日のままに残されている。

 ――― メメント・モリ、死を想え ―――   

 智は、笑いながら扉を閉めた。

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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