ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

「チャイナホワイト、だよ」
「チャイナホワイト?」
「ああ。要するにヘロインのことさ。正確には合成ヘロインのことらしいんだけど、まあ、
似たようなもんだよ。百パーセントピュアなヘロインなんて手に入りっこないから。どの
みち混ぜもんだとか、合成だとか、何かしら手は加えられているんだしさ。でも、モノに
よってはヘロインよりもずっと強烈なやつもあるらしいぜ。気をつけないとな」
「ふうん。でも、貰ったってタダでくれたの? その人達」
「ああ。何でもその二人、インド人の売人からコカインって言ってそれを買った筈なのに、
部屋に帰ってやってみたら、いきなり体が重くなって動けなくなっちまったんだって。ハ
ハハ。危ないよな。コカインの勢いでヘロインやったら、下手したら死んじまうからな。
そんで、何かおかしいと思って怒ってその売人の所へ行ったら、それはチャイナホワイト
だ、って言われたらしい。話が違うじゃねえか、って文句言ったら、お前最初からヘロイ
ンくれって言っただろ、って言い出して結局泣き寝入りさ。あんまりゴネ続けたらいくら
インド人とはいえ何されるか分かんないもんな。分かるだろ? 俺らもブラウン買いに行
ったとき、揉めたじゃん。だから"ドジン"は嫌ぇだって言うんだよ。そんな話ばっかり
だぜ。まあ、だけどおかしいよな。インドでそんなに簡単に、しかもインド人がコカイン
なんて持ってる筈ないもん。それで最終的に、その二人はヘロインなんてやらないから俺
らに会ったとき、どう?、って。タダでいいからあげるよ、ってさ。もうそん時は本当に
二人が神様に見えたぜ!」
直規は、興奮して話しながら手鏡を取り出して、その上に「チャイナホワイト」と言わ
れる真っ白い粉を適量、耳かきですくって乗せた。そして、剃刀の刃で細かく刻むと、細
く、ラインを三本引いた。
「じゃあ、智から。どうぞ」
直規は、おもむろにそれを智の前に差し出した。智は少し躊躇した。
「あ、ああ。けど、大丈夫かな、俺。ヤバイことになったりしないかな?」
「何言ってんだよ。"ヘロイン・マスター"の智さんともあろうお方が。あれだけブラウ
ン吸えたら余裕だって。ほら、いっちゃえよ。こんなチャンス滅多に無いぜ」
智は、直規の強い押しを断り切れなかった。以前、プシュカルで三人で一緒に過ごして
いた日々のことが思い出される。全く同じようなことを、ここ、デリーでも繰り返してい
る。
「そんな。別に俺、ブラウンに強い訳じゃないよ。あの後、結構吐いたりもしたし……。
まあでも、直規がそう言うのなら、やってみるよ」
心路が、器用に細長く巻いた十ルピー札を、どうぞ、と言って智に手渡した。手鏡はベ
ッドの上に置かれている。智は、身を屈めながら、三本の内の端の一本を一息に吸い込ん
だ。鼻の奥の粘膜を、粉が猛烈に刺激する。智は思わず顔をしかめた、と、次の瞬間、強
烈な感覚の波が智の全身を襲った。智は、顔を上に向けたままあんぐりと口を開いて、静
止した。鼻の奥から放射状に、何か冷たいものが広がっていき、それが血管に侵入して、
指の先まで染み渡る。染み込んでいった感覚は、血管から筋肉へ、筋肉から皮下組織へ、
皮下組織から皮膚の表面へと、徐々に徐々に噴出していく。全身に、ぞくぞくと鳥肌が立
っていく。
スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。


