30Sep08

ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

さとうりゅうたの行路

思いもよらない突然の問いかけに、智は、思わず声が裏返ってしまった。
「谷部さんがね、言ってました。智はいい奴だって。ああいう奴は今どき珍しいって。私、
谷部さんがそうやって言うのを聞いて、智さんって、一体どんな人なんだろうな、ってず
っと思ってたんです。デリーに来たら会えるかな、ってずっと期待してたんです。そした
ら着いたその日の内に出会えちゃって、しかも、私の想像してた通りの人で、私、もう一
目で智さんに夢中になっちゃったんです。でも、会った途端にあの二人のせいであんなこ
とになっちゃって……。だから今日は、絶対に智さんと一緒にいたかったんです。明日に
は私達アーグラーだし、今日会えなかったらもうずっと会えないと思って……」
 奈々は、そこまで言うと自分の手を智の手に絡めた。智には、もう、何が何だか訳が分
からなかった。頭の中が真っ白になっている。奈々は、そのまま両手を智の背中に回して
いった。そして、焦点の合わない瞳で智の瞳を覗き込む。しばらくそのままの状態で二人
は見つめ合っていた。すると奈々は、囁くように、智さん、と言って唇を近づける。智は、
夢でも見ているかのように、そのまま彼女の唇を受け止めた。奈々の唇は、冷たく濡れて
いた。頭上で回る扇風機が、重なった二人の髪の毛を揺らす。ほつれた奈々の髪が、智の
鼻先をくすぐる。
 奈々の息遣いが荒くなっていくのが分かる。智は奈々の唇を吸った。奈々は呻き声を洩
らす。智は、左手の手の平を奈々の右の乳房に伸ばし、そのまま軽く包みこむ。ブラジャ
ーのレース越しに、柔らかな女の乳房の弾力が確かに伝わってくる。奈々は、一瞬身を固
くしたが、抵抗することなくそのまま智に身を委ねた。荒い吐息と共に、奈々の舌が智の
唇を割って侵入してくる。唾液と唾液の混ざり合うねっとりとした音が、扇風機の回る音
によって掻き消される。二人の汗と汗が混ざり合う、と、その時、突然部屋の扉をけたた
ましくノックする音が響きわたった。二人は、驚いて反射的に体を放した。扉の向こうか
ら大きな声が智を呼びかける。
「智さん、智さん、何やってんですか? ちょっと開けて下さいよ! 智さん!」
 智は、一気に夢から冷めたのだが現在の状況がまるで呑み込めていない。自分の周りで
何が起っているのかが分からない。奈々は、ただただ呆然としている。
「智さん、入りますよ!」
 そう言いながら勢い良く扉を開けたのは、ヤスだった。その後ろにはゲンもいる。ゲン
は、顔を真っ赤にしながら物凄い形相で智を睨みつけている。
「おい、おい、おい。一体、何をしてるんですか? やることだけは、いっちょまえなん
ですね。長く旅をしていて身につけたことってのは、こういうことだったんですか……」
 ヤスが何を言っているのか、智には全く理解できなかった。ただ、自分に対して何か批
判的なことを言っているということは、何となく分かった。そして智は、今までの人生で
そうしてきたように、再び卑屈なおべっか笑いを浮かべて、何とか自分に対する非難を逸
らそうとした。するとゲンが、一体、何笑ってんだよ! と、いきなり智に飛びかかって
きた。隣にいた奈々は、きゃあ、と言って口を押さえて立ち上がる。ゲンは、物凄い力で
智を押さえ込み、智の顔面に向かって拳を降り下ろした。

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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