ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

「価値があるかどうかは分からないが、責任はあると思うぜ」
「責任、ですか」
「ああ、責任。周りの親しい人達に対する責任。その人達を悲しませないためにも、お前
は生きて行かなきゃならない。生きて行くという責任があるんだよ」
智は少し驚きながら言った。
「ということは、僕は、その人達のために生きているということですか?」
「まあ、簡単に言ってしまえばそういうことなんじゃないのかな。智、知ってるか? お
前の命はお前のものではないんだぜ」
建がそう言うと、智はその言葉に顔を引きつらせた。
――― 俺の命は、俺のものではない? ―――
「じゃあ、一体誰のものなんですか?」
智は、建に挑みかかるようにそう尋ねた。建は、まあ落ち着けよ、という風に智をなだ
めながらそれに答えた。
「それは……。天の神様のものなのかも知れないし、恋人や、両親、友達のものなのかも
知れない」
「ハハハ、そんな……。俺ね、建さん、プシュカルにいた時に、ババジに言われたんです
よ、お前の肉体はお前のものではない、神からの借り物なのだ、ってね。今、建さんは、
俺の命までも俺のものではないと言う。一体じゃあ、僕という存在は何なんですか? 誰
の、何の為のものなんですか!」
「何なんだろうな。分からない。分からないけど、それが人間というものなんじゃないの
かな」
建は、智を見つめながらそう言った。
「だったら人間というのは、自分以外のもののために生きなければならないということに
なる。他人のために、と言ってもいいかも知れない。だけど、建さん、だけどね、一体こ
の地球上の何人が人のために生きているっていうんですか? みんな自分のことで精一杯
じゃないですか。自分のことしか考えられなくって、他人を欺いて、人を蹴落とすことだ
けに一生懸命だ。そんな人間ばかりじゃないですか。そんな奴らに、あなた達の命はあな
た達のものではない、なんて言ったって、鼻で笑われるだけですよ。そんな奴らに、他人
のために生きなさい、って言ったって、馬鹿にされるだけですよ。僕だってそうです。僕
だって、他人のためになんて生きられない。自分の保身で精一杯だ。他人のために、辛い
思いも何もかも我慢して生きろって言われたって、そんなの到底無理なことですよ!」
智は涙ぐんでいる。
「俺は、智がそうやって思っているだけでいいと思うけどな」
建は優しくそう言った。
スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。


