May25
死ぬ自由
二人は、智の部屋へ戻ってボンをした。部屋はなおも蒸し暑く、扇風機は頼りなくフラ
フラと首を振りながら、室内の湿った空気を虚しく掻き回す。智は、ミネラルウォーター
のペットボトルを手に取ると、蓋を開けてゴクゴクと喉を鳴らしながら体に流し込んだ。
そして、一息ついてからぽつりとこう言った。
「建さんも明後日には行ってしまうんですよね……」
智は、ベッドの上に片肘をついて横たわっている建を見た。
「ああ、そうするつもりだよ。もういい加減、この街からは出て行かないとな」
「そうですか……。そうなると、また寂しくなるなあ……」
「何だよ。どうしたんだ、智? そんなの今回に限ったことじゃないだろ?」
「ええ、それはそうなんですけど……」
智は、もう消えかかっているジョイントに再びライターで火をつけ建に手渡した。建は、
身を乗り出してそれを受け取ると深々と一服した。吐き出された大量の煙で部屋の中は白
く霞む。
「実は最近、何だか気持ちが落ち着かなくって、それがどうしてだか良く分からないんで
す。ちょっと精神的に弱ってるのかも知れません……」
「智、昨日も言ったかも知れないけど、ちょっと考え過ぎてるんだよ。もう少し楽に旅す
ることを覚えなよ」
「楽にって言っても……。建さん、人はどうして生きていかなければならないんですか
ね?」
智は、ジョイントを口に運ぶとその煙を思いっ切り肺に入れた。肺の中が煙で充満して
いるのを、智は、イメージとしてはっきりと思い浮かべることができる。そして煙が鼻か
らゆっくりと抜けて行くと、まるで脳震盪を起こしたかのように頭の中が空っぽになり、
脱力する。智は目を閉じた。そしてしばらくの間そのままでいた。
「別に、無理に生きる必要は無いと思うぜ」
唐突に建は言った。
「もし、生きる自由っていうものがあるとしたら、反対に、死ぬ自由っていうものもある
かもな。自殺っていうのも一つの道なんじゃないのかなって、俺は思ってる。でも、死ん
じゃあいけないとも思う。だから、本当のところは俺にも良く分からない。ただ一つだけ
言えるのは、智がもし自殺なんかして死んだら、俺は悲しむと思う。そして、智の友達や
親兄弟、恋人なんかも同じように悲しむと思う、ということだ」
建は、智の手からジョイントを奪って一口吸った。
「僕も、建さんが死んだら悲しむと思います」
智はぼそっと口を開いた。
「だから、そこなんですよ。どうしてそんなに辛いことをたくさん経験しないといけない
のか、ということなんです。生きていたら、出会いや別れというものは星の数程あるでし
ょう。一時だけの別れもあるかも知れないけど、もう二度と会えない別れも確かにありま
す。死ぬっていうことはそういうことじゃないですか。死んでしまえばその人にはもう絶
対、二度と再び会うことはできません。別に嫌いな奴ならどうってことないかも知れない
けれど、仲の良かった人や、恋人や、親や兄弟、そういう人達が死ぬっていうことは、と
ても辛いことじゃないですか。それらを乗り越えてまでも生きて行かねばならない……。
一体、生きるということはそんなに価値のあることなんでしょうか?」
しばらく考えてから建は言った。
スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。