May20
いい旅が
三人は、夜のメインバザールを歩いている。埃っぽく湿った夜風が人々の間を通り過ぎ
ていく。喧噪はなおも夜空にこだまする。
「夜になっても、やっぱり騒がしいんですね」
微笑みを浮かべながら幸恵がそう言った。
「そうなんだよ。もう、うんざりするよ、全く」
建は、ウェーブのかかった長い髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
「でも、私、何だかわくわくしてるんです。お祭りみたいな、そんな感じで」
幸恵が建を見てそう言った。
「そう思おうとすればそう思えないこともないけれど、その内うんざりするようになるっ
て」
変に冷めた様子で智が口を挟む。
「馬鹿、智、そんなことは言わなくてもいいんだよ」
建がたしなめるようにそう言った。
「でも、建さんだってさんざんこの騒音には耐えられないって。今だって、そう言ってた
所じゃないですか」
「いいんだよ、幸恵ちゃんは俺達とは違うんだから」
建がそう言うと、智は、ちぇっ、調子いいなあ、と小さく独りごとを言った。幸恵は、
二人のそのやりとりを微笑ましく見守った。
建と智の二人は、幸恵の泊まっているホテルまで幸恵を見送った。やはり一泊三百ルピ
ーするだけあって、それはなかなか立派なものだった。そのホテルの玄関口で明日の朝幸
恵をニュー・デリー駅まで見送ることを約束して、その晩は別れた。
「幸恵ちゃん、いい子だな」
帰り道を歩きながら建は智にそう言った。
「何です? 建さん、ひょっとして幸恵ちゃんのこと好きになったんじゃないですか?
どうも建さんの話し方はさっきから怪しいんだよな……」
智は、いやらしい微笑みを浮かべながら建を見た。
「馬鹿だな。そんなんじゃないよ。ただ、幸恵ちゃん、清々しくていい子だろ? ああい
う子はなかなかいないぜ、今どき」
「分かってますって」
「だから、いい旅ができればいいな、と、ただそう思ってるだけだよ」
「本当ですか?」
智は、いたずらっぽい視線で建を見た。
「結構、タイプなんじゃないですか?」
建は、呆れた様子で智を見て、もう、お前とは話していられないよ、と両手を広げて天
を仰いだ。
スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。