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May15

"スパイシーバイツ"

建は、必死に名前を思い出そうとして顔をしかめた。
「君子さんじゃないですか?」
 智がそう言うと、建は、すっきりしたような晴れやかな顔になって再び話し始めた。
「ああ、そうそう、君子ちゃんだ。思い出した。谷部君は、一緒にいる女の子が見る度に
違うから名前が覚えられないんだよ。そう、その二人がバラナシにいる筈だから、もし出
会ったら俺達のこと聞いてみなよ。きっと色々良くしてくれると思うよ。谷部君、バラナ
シは長いからさ。多分、ババ・ゲストハウスっていう所に泊まってると思う」
「あ、そのゲストハウスなら、"地球の歩き方"にも載っていますね。私は、ビシュヌ・
レストハウスという所に泊まろうかと思ってるんですけど、どっちがいいんですかね」
「ビシュヌは智が泊まってたとこだよ。なあ、智」
 建は、智の方を振り返りながらそう言った。智は頷きながら幸恵に言った。
「俺はビシュヌのドミに一ヶ月ぐらいいたんだけど、もしドミに抵抗あるんだったらシン
グルやダブルもあるから、初めて行く分にはいいかもね。日本人もたくさんいるし、安い
し。でも、今の時期だとかなり込んでるかも知れない。人気のある所だから、常に満室の
状態であることが多いんだ。でも、そこが満室でも周りにいくらでも宿はあるから、心配
しなくてもいいよ。あの、"久美子ハウス"もすぐ隣だしね」
「えっ、あの有名な"久美子ハウス"ですか……。そうか、隣にあるんだ……。まあ、着
いてから考えることにします。谷部さんと君子さんですね。うまく出会えるといいんです
けど」
「いや、彼らがバラナシにいる限り絶対に出会えるよ。"スパイシーバイツ"っていう有
名なツーリストレストランがあるから、そこへ行ってごらん。坊主で目が細くってわりと
がっちりとした体型の人だよ。よく頭にターバン巻いてる。あ、それと気をつけなきゃい
けないのが、谷部君、女にはむちゃくちゃ手を出すのが早いから、もし君子ちゃんがいな
かったら要注意だよ。きっと次なる獲物を求めてる筈だから。ただ、いいおっさんだから、
智みたいに若さに任せて勢いで押し倒すようなことはせずに、もうちょっとじわじわと来
るだろうからさ。その辺は気をつけておいた方がいいかもね」
「はい、分かりました。注意しておきます」
 幸恵は厳粛に建の忠告を受け入れた。智は、建さん、その話はもういいじゃないですか、
と言って建に抗議した。建は、笑って、冗談だよ、冗談、と智に言った。
「谷部君に会ったらちゃんと、智さんに襲われそうになりました、って言うんだよ」
「はい、ちゃんと報告するようにします」
 幸恵は真顔でそう言った。
「だから、もう勘弁してって。ちょっと、幸恵ちゃん、谷部さんに会ってもそんなこと言
わないでよ、お願いだから」
 智が泣き出さんばかりの勢いでそう言うと、幸恵は、冗談ですよ、冗談、と言って智を
からかった。智は、顔をくしゃくしゃにしながらそっぽを向いた。建と幸恵の笑い声が店
内に大きく響いた。

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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