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Mar25

鬱屈した気持ち

二人は、さっき智がフィルムを預けた写真屋へと向かった。フィルムを出した時と同じ
ように、女主人が二人を出迎えた。
「ハロー、ジャパニーズ、写真はちゃんとできてるわよ」
 智は、彼女に礼を言って代金を支払った。それを受け取ると彼女は、笑顔で智にこう言
った。
「きれいな写真がいっぱいだったわ。ほら、これなんて、凄くきれい。一体これはどこな
んだい?」
 女主人は、写真の入った袋から写真を何枚か取り出すと、それを智に手渡した。見ると
それは、インド最南端の町カニャクマリで撮影されたものだった。海に沈む夕日をバック
に、波と戯れるたくさんの人の影が浜辺に長く伸びている。
「ああ、これは、カニャクマリという町です」
「ああ、これが? 確か、最南端の町なのよね、あなたはそんな所にも行っているのね…
…。じゃあ、これは?」
 そう言って差し出された写真は、ゴアの浜辺のものだった。オレンジ色に染まった空を
バックに、椰子の木のシルエットが黒く写し出されている。
「これは、ゴアです」
「ああ、ゴアね。こんなにきれいだなんて……。これが本当にインドの景色なのね……」
 しみじみと、うっとりしたように、女主人はそう言った。
「そうです。あなたの国です」
 彼女のその表情には、自分の子供を眺めるような何とも言えない柔らかな優しさが、込
められていた。
「私はあなたが羨ましいわ。色んな所に行くことができて。あなたは幸せ者ね」
 彼女は、優しい顔でそう言いながら智に写真を手渡した。智は、複雑な気持ちで写真を
受け取った。彼女の言うように、自分はとても恵まれていて幸せな立場にいるのだ。なの
に、この鬱屈した気持ちは何なんだろう。自分は、彼女が思っているように楽しんで旅行
をしている訳ではない。何故だろう。何故、旅を楽しむことができないのだろう?
「あの人、羨ましそうでしたね」
 店を出ると、幸恵が突然話しかけてきた。
「えっ? ああ、そうだね……」
「やっぱりインドの人だからといって、インド中を知っている訳ではないんですね。何だ
かちょっと変な感じがしました」
「それは俺も思ったよ。俺の方がインドの色んな所に行ってて、しかも、インド人からあ
んな風に羨ましがられるなんて」
 智と幸恵はメインバザールを練り歩いた。通りは相変わらず人で溢れ返っている。
「凄い人の数ですね。それにこの暑さ。何だか圧倒されちゃいます」
 幸恵は、しきりにタオルで汗を拭いながら歩いている。
「そうか、幸恵ちゃんはまだ着いたばかりなんだもんね。初めてのインドだし、かなり刺
激的なんじゃない?」

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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