ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

谷部がジョージに向かって英語でそう言うと、ぼんやりと天井を眺めていたジョージは、
嬉しそうに、O・K、と言って谷部の方に向き直り、ポケットからピンポン球ぐらいの大
きさのチャラスの固まりを取り出して、谷部に向かって放り投げた。谷部は、サンキュー
と言ってそれを受け取ると、手早くほぐし始めた。
ほぐしながら英語でジョージと何か喋っている。発音こそ日本人独特の固さがあるもの
の、谷部はかなり英語を話せるようだ。黒人特有の粘りのある早口な英語をジョージが喋
っているにもかかわらず、谷部は、いちいち聞き返したりすることもなく、なんなく会話
を成立させている。何となくそれが意外なことのように智には思われた。
チャラスを適当にほぐし終わると、谷部はチラムを取り出した。陶器でできている円筒
形のそれは、とても美しいものだった。表面は黒光りしていて光沢があり、口の方に白い
二本の筋が入っている。かなり手入れされているようで、それを扱う谷部の手付きも慎重
なものだった。
「智、谷部君のチラム凄いだろ? 何回か、くれって頼んでみたんだけど、どうしても譲
ってくれないんだよ」
「馬鹿、ケン、これは駄目だって言ってるだろ」
谷部は、チラムを布で擦りながら横目で健を見てそう言った。
「高かったんですか?」
智が尋ねた。
「いや、値段もまあそうなんだけどな、これはイタリアン・チラムって言って、あんまり
数が多くない貴重な物なんだよ。職人の手造りなのさ。ほら、ちょっと見てみろよ」
そう言って谷部は智にチラムを手渡した。智は、それを受け取ると手の中でまじまじと
眺め回した。ずっしりとした重みと冷んやりとした感覚が、智の手に伝わってくる。
「中の穴を覗いてみろよ」
谷部は智にそう言った。見てみると、きれいに中心がくり抜かれている。内壁の表面が
まるで鏡のようにキラキラと輝いて見える。
「凄いですね、こんな風になっているだなんて。初めて見ましたよ、こんなチラム。今ま
で見てきたのは、ガンジャの絵が彫られていたり、変な模様が入っていたりする土産物屋
で売られているような物ばかりなんで、こんなにシンプルできれいなのは初めてです。中
の穴もこんな風にまっすぐには通っていなかったし」
智は、少し興奮しながらそう言った。そんな智の様子を見ながら、谷部は得意気に微笑
んだ。
「そうだろ、これは特別な物なんだ。たまたまゴアで再会したフランス人の友達が俺にく
れたんだよ。そいつは古い旅仲間でそれまでも方々で会ってたんだけど、その時はもう本
当に何年か振りだったんだ。お互い昔から色んな所旅してる同士だから、なかなか連絡取
ったり、会う約束したりっていうのができなくてさ。それで何年か前にそいつと再会した
時、多分もうゴアに来るのもこれが最後だからって言ってその記念にこれを俺にくれたん
だよ。実はそいつもその昔これを誰かから貰ってて、自分も同じように誰かにあげるのが
いいだろうって言いながらな。だからこれは、もう何人もの手から手へと受け継がれてい
る、歴史のある物なんだよ」
そう言うと谷部は、そのチラムを大事そうに撫でまわした。
「だから、それを俺の所に回してくれればいいんじゃない?」
建がすかさずそう言った。谷部は、笑いながら細い目をさらに細くして、そう言う建を
軽くあしらった。
スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。


