30Oct07

ライター:さとうりゅうた 最初は欧米諸国を旅するが、友人の話がきっかけでアジアに興味を抱く。大学卒業後、働いて資金をつくり、97年4月ユーラシア横断の旅に出る。ユーラシアの西端にたどり着くまでに2年を費やす。

さとうりゅうたの行路

「建さんでもあんな風に怒ることがあるんですね」
 智がそう言うと、建はちょっと不思議そうに智の方に目を向けた。
「ああ、俺、インド人嫌いだからな。ああいうことされると本当に腹が立つんだよ。多い
だろ? あんな奴」
「でも建さん、インド長いでしょ? 何回も来てるんだし。もう三回目ぐらいだって言っ
てたじゃないですか。そんなに長くいても駄目なんですか? 最初の内はああいうことに
腹が立ったりしても、その内慣れてくるものなんじゃないんですか?」
 大袈裟に首を振りながら少し興奮して建は言った。
「ちっとも慣れないね。あんまり優しい顔してると、奴ら、つけ上がってどんどんエスカ
レートしていくからビシッと言ってやった方がいいんだよ、ああいうことされた時は」
「そんなもんですか……」 
 智は、その内慣れてしまうだろうと思っていたインド人達のああいった幼稚な態度が、
いつまで経っても腹の立つものだということを知らされて、軽い絶望を覚えた。そして建
が意外にも怒りっぽいということを知り、見かけによらない人間の多面性について学んだ
ような気がするのだった。

 現代美術館の中にはインドの近代美術家達の作品が多く展示されていた。それらはあか
らさまにヨーロッパ美術の影響を受けており、例えば油絵で描かれた抽象的なヒンドゥー
の神々など、今まで智が見てきたインド世界とはちょっと異質のものだった。それは何と
いうか泥臭さの抜けた清潔で洗練されたもので、そこに描かれている神々からは、あの、
雑踏の埃にまみれた粘っこい大気の中、憤怒の表情でこちらを睨みつけてくる道端に祀ら
れた神々の何とも言い様のない迫力のようなものが感じられなかった。そのせいか智は、
今自分がインドにいるというよりは日本の美術館でそういったアジア的な絵画を眺めてい
るような、そんな錯覚に陥っていた。
「サトシ、こっちだよ」
 建が、二階へと通ずる階段を上りながら智を促した。ボーッと絵を見ていた智はその声
に我に返り、健の後を追った。
 二階へ上がると、通路の両側の壁に、額に入れられた写楽の浮き世絵が等感覚で並べら
れていた。身なりの整ったインド人紳士と、何人かの日本人の婦人がそれらを見ていた。
その光景を見て智は、ますます自分が今インドにいるという事実が信じられなくなってき
た。その婦人達は、あまりにも普通に日本で見かけるようなおばさん達だったからだ。智
が混乱したような不思議な気持ちでその光景を眺めていると、建が声をかけてきた。
「やっぱり見に来てるのは日本人ばかりだな」
 健の方に向き直って智は言った。
「そうですね。今僕もそう思ってた所です。何だかこうやって日本の絵があって日本のお
ばちゃん達が絵を見てて、そうしたら、その風景だけを見ていたら、もうとてもここがイ
ンドだなんて思えなくなってきて……。何だか訳が分からなくなってたんです。でも美術
館を一歩外に出てしまえば、また確実に暑くて埃っぽいあのインドの雑踏が待ち構えてい
る訳で……。そんなのが何だかとても信じられないんです。一体"認識"というのはどれ
だけ確かなものなのかなって思い始めたら、混乱してしまって……」

スティッキー・フィンガーズはある旅行者の実体験をもとにしたフィクションであり、ドラッグを推奨したり礼賛するものではありません。

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