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ライブラリ-2007年03月

01Mar07

死に神の誘惑

 しどろもどろになりながら、やっとそれだけのことを智は言った。 「そうだったのか、いたんだ、ハハ、分かんなかったよ……。でも何せ、ごめんな、智……」  少し照れ臭そうに直規はそう言った。 「いや、直規、俺の方こそ何か、いい加減なこと調子に乗ってべらべら喋っちまって……。多分それで怒ったのかなって……。悪かったよ……」  智が言った。 「いや、智は謝らなくていいんだ、あれは俺の問題だったんだよ。あの...

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05Mar07

二人の旅人

ある種、悟りを開いたような気分で直規と心路を見下したような所が胸の内にあった智は、恥ずかしくて二人の顔を直視することができなかった。きっと心路も、直規ほど論理的ではないにしろ、感覚的に分かっているのだろう。智はそんな気がした。そして改めて自分の未熟さを恥じた。穴があったら入りたいとはこのことだった。 「いや、いいんだよ、直規、もう謝らないでくれ。心路も、俺、何だか恥ずかしいよ。俺の方こそ謝らせてく...

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10Mar07

サドゥー

朝日がジリジリと照りつけている。乾燥した空気は、青空とその周りの景色をくっきりと浮かび上がらせ眩しいぐらいだ。智は、宿の方へ向かってとぼとぼと歩き始めた。朝を迎えて町は慌ただしく動き始めている。掃除をする人達や、いそいそと行き交う人達、店のシャッターを開ける人達などが、朝日を浴びて輝いている。  それらの光景を目を細めて眺めながら智はひとつ欠伸をすると、通りに面した食堂でチャイを飲んでいる人の姿を...

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12Mar07

サモサ

「ジャパニ?」  サドゥーは言った。目の前に立つサドゥーを見上げて、智は、ああ、そうだよ、ジャパンから来たんだ、と面倒臭そうに、そう答えた。 「座ってもいいか?」  智は無言で頷いた。サドゥーは、智の横に腰を下ろすと、おもむろに智の顔を覗き込んだ。サモサを食べていた智は、一旦それを皿の上に置いて横目でサドゥーを見た。皿にはサモサが二つ乗っている。サドゥーは、それと智の顔を交互にせわしなく見やってい...

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15Mar07

神の物

サドゥーの所にチャイが運ばれて来ると、彼は、子供のように喜んで智に、サンキュー、と礼を言った。智は、サドゥーのその様子を見ていると怒る気が失せてしまって、力の抜けた笑いを口元からこぼすだけだった。 「全く……」  サドゥーは、チャイの甘味を嘗めるようにゆっくりと味わうと、智に向かって唐突にこう尋ねた。 「お前はシバ神を知っているか?」  いきなりのその質問に、ちょっと驚きながら智はこう答えた。 「...

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17Mar07

得心のいくまで

智は、再び深い溜め息をついた。そんな話を真剣に聞く気などはなからなかった。 「ああ、そうなのかもな」  議論をする気もなく智は聞き流していた。 「だから神はお前と共にいるのだ。神は、お前の胸の中に住んでいるのだ」  サドゥーは、そう言って智の胸をトントン、と突つきながら子供っぽい笑みを浮かべた。智は、訝し気な表情でその様子を眺めた。 「あのね、ババジ、俺もう行くよ。ほら、このサモサも食べなよ」  ...

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20Mar07

車窓から眺める移りゆく景色

 旅をし始めた当初から、智にとってこの旅はまるで刑罰のようなものだった。世界各国の安宿のこの部屋は、孤独な牢獄に他ならない。智はそれらに捕われた囚人だった。常に不安や焦りを感じつつ、不快な気候の中を黙々と重い荷物を背負って宿を探し、道に迷い、飯屋を求めてくたくたになる。愉快なことなど何もない。日本が恋しい。日本語や、日本の風景や、自分の育った町、全てが輝きとともに思い出される。母親の手料理が食べた...

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22Mar07

客引き

しばらくしてバスが止まりふと目を覚ますと、智の乗ったバスは、もう町中に入り込んでいた。それらしい風景がだんだんと広がってくる。大分疲れが溜まっていたのだろう、すっかり熟睡していたようだ。  バスは、そろそろと町を抜けバスステーションに到着した。すると突然、バスの窓を激しく叩く音が智の耳元で沸き起こった。見てみると、ホテルのネームカードを窓ガラスに押し付け、ジャパニ、ホテル、ホテル、と叫ぶインド人の...

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25Mar07

砂漠の蠅

部屋に入りベッドに座り込んで、目を閉じた。静かな暗い部屋に町の喧噪が遠くから聞こえてくる。先程のインド人達の顔が次々と智の脳裏に甦っていく。いやに力の籠ったギラギラしたあの目付き、動物的な精力に溢れた顔付き、いかにも幼稚で野蛮なあの態度、それらの映像が言い様のない精神的な疲労を智にもたらした。  柵のはまった小さな窓から、薄らと夕陽が差し込んでくる。赤い夕陽だ。砂漠の不毛な風景を照らし、その様をま...

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27Mar07

壁の中の小都市

智は、宿のうるさくつきまとうインド人達を尻目に、ぶらっと外へ出かけた。辺りは相変わらずの土色の風景だ。プシュカルとは趣が少し異なるが、バスの中から眺め続けてきた連続する土漠の色彩が頭の中に焼き付いて、眼前の同系色の風景が智にとって初めて見る物だとはとても思えなかった。ただ、空は綺麗に晴れており、夕陽が淡く辺りを染めているのを見ていると、少しだけ開放的な気分になった。  しばらく歩いていくと、町の真...

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30Mar07

太陽の炎

中央に聳える城に智が近づいた時、もう既に門は閉ざされており人々の影もまばらだった。城はこの町の観光スポットの一つになっているらしく、観光を終えた旅行者達が、カメラやパンフレットを手にそれぞれ会話しながら坂道を下りてくる。先程の一件で神経の過敏になっていた智は、擦れ違い様に彼ら一人一人の視線を敏感に感じ、顔を伏せて歩いた。そうしていると智は、急に突発的な息苦しさを感じ、もうこれ以上ここを歩くのは無理...

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