03Mar03
新しい旅が始まった。
香港からひたすら西を目指し、イタリアまで行ったが、ここから先は進路を南へと取ることになる。
ひたすら南下して、南アフリカの喜望峰を目指す。
この後は誰かと何処かで落ち合う約束もなく、予算的な制約はあっても時間の制約はない。
帰国もいつになっても構わない。
良くも悪くも、新しい旅であることは事実だ。
イスタンブールからのバスは、シリアとの国境の街であるアンタクヤを目指し、20...
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08Mar03
私は久しぶりに、好きになった街ができたと思った。
街そのものが魅力的だと感じた。
ホテルを出て、広場を抜け、地下道をくぐりとスークの入り口に出る。
スークとは市場の意味である。
しかし、いわゆる日本の市場というよりは、商店がずらりと並んでいる感じである。
食料品だけでなく、洋服や玩具屋、靴屋など、なんでも一通りそろっている。
そして天井はドームになっていて、それが道にそって続いている。
そのメ...
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10Mar03
事の始まりは、ウマイヤドモスクの前だった。
私がそこを歩いているときに、ある男二人組みに声を掛けられた。
『ウエルカム ジャパニーズ 腹は減ってないか?』
と、あまりに唐突に聞いてきた。
『今、食事したばかりだ』
と言うと、
『だったらチャーイを飲みに家にこないか』
と誘ってきた。
男の一人は30歳くらいの髭のおとこで、彼は英語ができなくて、ただいつもニコニコとしていた。
そして、もう一人の年配...
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12Mar03
ヨルダン、アンマンにある、バックパッカーの有名宿、クリフホテルから5分ほど歩き、バスターミナル行きの乗合タクシーを捕まえ、それで5分ほど走ると、アブダリバスターミナルという所に着く。
そのバスターミナルの端にある、キングフセインボーダー行きの乗合タクシーの集まる場所へと行くと、すでに3、4人の客を乗せたタクシーが待っていた。
その3列シートの、かつては黒光りしていたであろう車は、仮に新しくて、ボデ...
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16Mar03
ラフィーリアというその病院は、思ったよりも清潔で近代的だった。
5階だてくらいの白い建物で、入り口には救急車が数台止まっている。
受け付けに行く途中には、何種類ものポスターが張ってあった。
そのほとんどが、銃をもったパレスチナの男たちだ。
その男たちは、イスラエルと戦って死んでいった者たちらしい。
彼等は西側諸国から見ればテロリストかもしれない。
しかし、ここでは英雄なのだ。
そのラフィーリア病...
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20Mar03
その日、いつものように私は目を覚ました。
この時点では別にいつもと変わらない朝だ。
私のいる場所はヨルダンの首都アンマンにある、クリフホテルというところだった。
中東の安宿のなかでも、最も有名な安宿の一つである。
こんな状況でも客は多い。
日本人が多くて、10人以上はいた。
部屋を出てロビーに行くと、従業員のサミールが掃除の手を休めて、テレビを見てい た。
痩せていてメガネをかけた、30代半ば...
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23Mar03
戦争が始まって二日後に、私はアンマンを出た。
ペトラという遺跡を見るためだ。
それはナバテア人という、アラビア半島からやって来た民族が、紀元前1世紀頃に造ったといわれる遺跡だ。
そして、伝説と化していたその遺跡が、世界に現れたのは、1812年に英国系スイス人の探検家ヨハン・ルートヴィヒ・ブルックハルトに発見されたためである。
映画「インディージョーンズ・最後の聖戦」のロケにも使われ、今ではすっかり...
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27Mar03
エジプトのカイロの東、シナイ半島にダハブという街がある。
比較的物価の安いそのビーチリゾートに特に興味があるわけではなかった。
ただ、なんとんとなく足を運んだ。
ヨルダンのアカバからフェリーで、紅海のアカバ湾を渡り、ヌエバに着く。
そこはもうエジプトだ。
そこから直接カイロに行くこともできたが、フェリーが一緒だった日本人が、ダハブに行くというので、私もなんとなくそこへ寄ることにした。
今までビ...
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