May15
始動
空港からのバスから見る香港の街は、
手塚治虫の描く未来都市のようだった。
巨大な高層ビルが、その高さを競うように乱立している。
その合間を縫ってバスは進んでいった。
旅の始まりは香港からだった。
香港を選んだのに、大した理由はない。
ここに大学時代の友人が仕事で赴任しているからだ。
私たちは香港の滞在中、彼のマンションでお世話になる。
私たちと書いたのは、私の彼女も香港に付いて来たからである。
彼女は3日間の滞在の後、帰国する予定だ。
香港での生活は、快適そのものだった。
友人のマンションは2LDKと一人暮らしにしては広く、
私たちがいても狭くは感じなかったし、
香港では何を食べても美味しかった。
買い物をするにも、片言の英語が通じた。
顔立ちは香港人とそう変わらないので、
好奇の目でみられることもなく、怪しい客引きもいない。
まして、彼女と一緒にいればその楽しさはなおさらだ。
昼間は彼女と街を歩き、夜には友人も交え一緒に食事をした。
また友人の仕事が休みの日には、香港を案内してもらった。
楽しい日々は、すぐに過ぎる。
彼女の帰国の日は容赦なくやってきた。
空港まで彼女を送るバスのなかで、学生の時の半年の旅を思い出していた。
あの時も彼女を残して旅に出たが、
帰国すると彼女は別の男の彼女になっていた。
旅をしているほうは、毎日が刺激に満ちた日々であっても、
待つほうはそうではない。
日常の中で待たなければならない。
行くほうと、待つほうでは大きな差がある。
だから別に彼女を恨みはしなかった。
ただ幸せになって欲しいと思った。
昨日の夜、
『いろんなことを覚悟したんでしょ』
と彼女は言った。
なんだか、謎解きのようなその言葉は私の胸の刺さった。
長い旅に出るということは、日本での生活から外れるのだから、
好むと好まざるとにかかわらず、多くの覚悟を背負うことになると思う。
人間関係や仕事、その後の人生において、
出発前とまるで同じというわけにはいかない。
旅はプラスにもマイナスにもなり得る。
時にそれが自分を助け、時にそれに縛られ身動きが取れなくなる。
自分でそのことを理解しているつもりであっても、
それを彼女から改めて指摘されると、
いろんな不安で押しつぶされそうになる。
人間は弱い。
いや私が弱い人間なのだ。
空港での別れの言葉はあまりに少なかった。
『じゃあ元気で』
『頑張ってね』
もっといろいろなの言葉をかけかたっかはずなのに、
他には何も浮かんでこなかった。
少ない言葉に多くの想いを託した。
それは彼女も同じだろう。
別れは不思議なくらいあっけなかった。
それはお互いに信頼し合っているからなのだろうか。
それとも彼女もまた、何かを覚悟したのだろうか。
それは私にはわからなかった。
とにかく自分で決めたことなのだと自分にいいきかせた。
自分で多くの荷物を背負い込んで決めた旅なのだ。
次の日から、一人で街を歩いてみた。
しかし昨日までの印象と全く違うことに驚いた。
初めての夜、未来都市に映った街並みも、
ただのコンクリートジャングルに見えてきた。
有名な2階建ての路面電車や、スターフェリーに一人で乗っても、
それはただの移動手段でしかなくなってしまった。
旅とは、そこに一緒にいた人によって、
こんなにも違うものに映ってしまうものなのだろうか。
別れの寂しさというのは、
一人になって何気ない瞬間にこみ上げてくることを私は知った。
しかし香港に滞在する上での快適さは変わらなかった。
食事は美味しく、ベッドは清潔だ。
これから先の長く厳しい旅を考えると、
いつまでもここで、
ぬるま湯につかったような日々を送るわけにはいかない。
早く次へと進まなければ。
焦りにも似た感情がこみ上げてくる。
アフリカの喜望峰への旅は香港から始まった。
日本での今までの人生を途中下車(STOP?OVER)したのだった。